嫌われる勇気(アドラーの教え)- その7

人生最大の嘘

たとえば、大学に進みたいと思いながら、勉強しようとしない。これは「いま、ここ」を真剣に生きていない態度である。受験はずっと先のことかもしれない。なにをどの程度勉強すればいいのかわからないし、面倒に感じるかもしれない。しかし、毎日少しでもいいから、数式を解く。単語を覚える。つまりはダンスを踊る。そうすると、そこには必ず「今日できたこと」があるはず。今日という1日は、そのためにあったのである。

決して遠い将来の、受験のために今日があるのではない。どこに到達したのかを、線で見るのではなく、どう生きたのか、その刹那を見ていく。遠い将来に目標を設定して、いまはその準備期間だと考える。「ほんとうはこれがしたいけど、やるべきときがきたらやろう」と考える。これは人生を先延ばしにする生き方である。

人生を先延ばしにしているかぎり、我々はどこにも行けないし、味気ない日々が続くだけである。「いま、ここ」は準備期間でしかない、我慢の時期だと思っているわけだから。人生とは「いま、ここ」がまったなしの本番なのである。目標など、なくてもいい。「いま、ここ」を真剣に生きること、それ自体がダンスなのだ。

深刻になってはいけない。真剣であることと、深刻であることを取り違えない。人生はいつもシンプルであり、深刻になるようなものではない。それぞれの刹那を真剣に生きれば、深刻になる必要などない。人生はつねに完結している。20歳で終わった生も、90歳で終えた生も、いずれも完結した生であり、幸福な生なのだ。人生における最大の嘘、それは「いま、ここ」を生きないことである。


無意味な人生に「意味」を与えよ

人生が連続する刹那であったとき、人生が「いま、ここ」にしか存在しなかったとしたとき、いったい人生の意味とはなんなのか?アドラーは「一般的な人生の意味はない」と答えたあと、「人生の意味は、あなたが自分自身に与えるものだ」と続けた。人生一般には意味などない。しかし、あなたはその人生に意味を与えることができる。あなたの人生に意味を与えられるのは、他ならぬあなただけなのだ。

あなたはなぜ迷っているのか?それはあなたが「自由」を選ぼうとしているからである。他者から嫌われることを怖れず、他者の人生を生きない、自分だけの道を。人が自由を選ぼうとしたとき、道に迷うことがある。そこでアドラー心理学では、「導きの星」というものを掲げている。旅人が北極星を頼りに旅をするように、我々の人生にも「導きの星」が必要になる。その星とは…「他者貢献」である。

あなたがどんな刹那を送っていようと、たとえあなたを嫌う人がいようと、「他者に貢献するのだ」という導きの星さえ見失わなければ、迷うことはないし、なにをしてもいい。嫌われる人には嫌われ、自由に生きてかまわない。そして、刹那としての「いま、ここ」を真剣に踊り、真剣に生きる。過去も見ないし、未来も見ない。完結した刹那を、ダンスするように生きる。

誰かと競争する必要もなく、目的地もいらない。踊っていれば、どこかにたどり着く。誰かがはじめなければならない。他の人が協力的でないとしても、それはあなたには関係ない。まずは、あなたが始めるべきだ。他の人が協力的であるかどうかなど考えることなく。

その8へ続く…

book86

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする