ヨーガ行者の王 成瀬雅春対談集

ヨーガ行者の王 成瀬雅春対談集 “限界を超える”ために訊く10人の言葉 by 成瀬雅春

成瀬 雅春 (Naruse Masaharu)

ヨーガ行者、ヨーガ指導者。
1976年からヨーガ指導を始め、1977年2月の初渡印以来、インド、チベットなどを数10回訪れている。
地上1mを超える空中浮揚やクンダリニー覚醒技法、心臓の鼓動を止める呼吸法、ルンゴム(空中歩行)、系観瞑想法などを独学で体得。
2001年、全インド密教協会からヨーギーラージ(ヨーガ行者の王)の称号を授与される。2011年6月、12年のヒマラヤ修行を終える。
成瀬ヨーガグループ主宰。倍音声明協会会長。朝日カルチャーセンター講師。

ここにあなたが
“限界を超える”
ためのヒントがある!

俳優、格闘家、科学者、ダンサー、武道家…
さまざまなジャンルの傑物たちと、
「ヨーガ行者の王」との対話。

目次

第1部 表現者との対話
成瀬雅春×榎木孝明(俳優)(「秘伝」2009年12月号)
自分を捨て切ったあとに残る武術と演技
成瀬雅春×TOZAWA(アニメーションダンサー) (「秘伝」2013年3月号)
体を操るは楽しい 操れないもまた楽しい

第2部 格闘者との対話
成瀬雅春×平直行(総合格闘家・武術家)(「秘伝」2011年10月号)
折れない心、折れない身体
成瀬雅春×小比類巻貴之(キック・ボクサー、総合格闘家)(「秘伝」2014年7月号)
「心の作り方」を語り合う
成瀬雅春×増田章(空手家)(「秘伝」2013年12月号)
自分を磨くための心構え

第3部 求道者との対話
成瀬雅春×柳川昌弘(空手家)(「秘伝」2010年10月号)
精神的に感じたことが技の99パーセントを占める
成瀬雅春×日野晃(武道家) (「秘伝」2010年12月号)
今、在る者の〝進化論〟
成瀬雅春×フランソワ・デュボワ(音楽家・教育家・武術家) (「秘伝」2012年3月号)
人はなぜ行ずるのか

第4部 研究者との対話
成瀬雅春×武田邦彦(科学者)(「秘伝」2012年7月号)
科学の真理 ヨーガの真理
成瀬雅春×苫米地英人(脳機能学者)(「秘伝」2010年4月号)
型を学び、型から自由になる そこに武道の到達点がある

ヨーガ行者の王 成瀬雅春対談集

ヨーガ行者の王 成瀬雅春対談集

Amazonに移動する…

MEMO

ヨーガ行者の王 成瀬雅春対談集

◆瞑想能力というのはイメージ力ではなく意志力

瞑想能力というのは、
イメージではなく、
自分がどのくらいリアルに意識できるか
という意識力である。

たとえば、実際にコップを持っていなくても、
コップを持っている感触があれば同じである。

だけど人生で一度もコップを持っていない人に
それをやれと言ってもできない。

体感がないから。

だけど1回触れば判るからできる。

だからイメージじゃなくて意識する。

意識というのは
自分の身体で本当に体感すること。

瞑想で「宇宙の果に行って戻ってきた」
というのは本当に体感している。

宇宙の果てなんて現実には行けない。

ところが瞑想だと行ける。

なぜか?

その人が本当にそこを体感するからである。

自分のなかではウソではなく
本当に体感している。

◆自然というのは非常に優れたものである

昔は優れた自然に囲まれた
生活をしていた。

今は人間が作ったくだらないものに、
せいぜい50年前くらいにつくったものの中で
生活している。

こういう中にいて、
ダメな人間になってしまうのは
当然だと思う。

自然というものは人間と
比べ物にならないくらい優れている。

だから林とか森とか川とか、
そういう自然がある場所にいると、
そこからは非常に高度なものを受け入れる。

でも現代人はコンクリートとか人間の作った
ものの中にいるから、
もうすべてのいいところが削り取られる。

もともと備わっている感性が無視され、
劣化してしまう。

◆余命を宣告されたとき、本当にやりたいことが分る!

たとえば、
ガンで余命1とか3年とか言われたとき、
きっとラッキーだと思うかもしれない。

なぜか?

1年なり3年なりの時間を
与えてもらったわけだから、
その期間、自分の本当にやりたいことが
できるからである。

普通、会社に勤めていたり、
いろんなしがらみがあったりするから、
本当に好きなことができない。

「今日から1ヶ月旅行に行こう」
と思っても難しい。

でも、
「6ヶ月の生命です」と言われたら、
きっと旅行に行くでしょう。

ということは、
そうやって期限を切られたら、
やりたいことができる。

逆にそれを知らなかったら、
全然できない。

だから、その意味では死の宣告は
ラッキーなものだとも言える。

◆目標を置くな!

目標というのはくだらないもので、
ぼんやりはあったほうがいいかもしれないが、
それはぼんやりとあるだけで十分で、
ほとんど無意味である。

過去の時間というのは実在する。

だから宇宙からは過去を見ることができる。

たとえば、10光年彼方の星に鏡を置いておくと、
あなたの20年前の姿がいま見える。

要するに過去じゃない。

あなたは、過去というのはなくなった後だと
思うけど、実は過去というのは
全然なくなっていなくて、
いまここに存在する。

ところが未来は実際にできるかどうかわからない。

今の瞬間から次の1秒が生まれるかは、
本当にはわからない。

未来があるということは
非常に意外なことなのである。

だから、
「今日も朝が来たか!」
というのも意外で、
じつは「おお!来たか!」
と感じるようなものである。

あなたの生命もそうだし、
宇宙もそうだ。

本当は先がどうなるかは
まったくわからない。

ただ予想としては1日くらいは
生きられるかなと。

それくらいの時間は保つだろうと…

こういう考えのほうが、
人生充実して生きられる。

なぜなら、
今を大切にしたくなるから。

目標に向かって生きるのではなく
今「この瞬間」を大切に生きる。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする