外資系コンサルが教える 読書を仕事につなげる技術

外資系コンサルが教える 読書を仕事につなげる技術 by 山口 周

山口 周

ヘイコンサルティンググループディレクター。
1970年、東京都生まれ。
慶応義塾大学文学部哲学科卒業。
同大学院文学研究科美学美術史学専攻修士課程修了。

電通、ボストン・コンサルティング・グループ、A.T.カーニー等を経て2011年より組織開発を専門とするヘイグループに参画。
専門はイノベーション、組織開発、人材/リーダーシップ育成、キャリア開発、新しい働き方研究…

成果は「どう読むか」で9割変わる。

現役コンサルによる「使える」読書術の決定版!

MBAに行かず、
独学だけで外資系に転職した
著者のメソッド、全公開!

いくらいい本を読んでも、
仕事の成果につながらなければ意味がない。

そのためには、
やみくもに「量」を増やすよりも「どう読むか」が重要になる…

目次

第1章 「仕事につなげる読書」6つの大原則
第2章 【ビジネス書×何を読むか】ビジネス書は「これだけ」読めばいい
第3章 【ビジネス書×どう読むか】古典には読む「順番」がある
第4章 【教養書×何を読むか】好きな本を読んで「ライバルと差別化」する
第5章 【教養書×どう読むか】情報の「イケス」をつくれ
第6章 「書店を散歩する」技術
第7章 「本棚」で読書を仕事につなげる
特別付録 これだけ読めばいい! 「ビジネス書マンダラ」

外資系コンサルが教える 読書を仕事につなげる技術

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MEMO

◆ビジネス書 マンダラ

▶超基本

・グロービスMBAマーケティング

・意志決定のための「分析の技術」

▶経営戦略(応用)

・新訂 孫子

▶マーケティング(基本)

・売れるマーケ 当たるもマーケ

▶その他

・影響力の武器[第3版]

◆「抽象化」できない人はただの物知り

細かい要素は捨ててしまい、
本質的なメカニズムだけを抽出する。

これが抽象化である。

具体例を示す。

▶事実:アリ塚には一定程遊んでいるアリがいないと、
緊急事態に対応できずに全滅するリスクが高まる

▶抽象化:平常時の業務量に対して処理能力を最適化して
しまうと、大きな環境変化が起こったときに対応できず、
組織は滅亡してしまう?

抽象化された示唆や洞察の最後には「?」がつくことになる。

なぜか?

それが「仮説」であって「真実」ではないからである。

もちろん、仮説の確かさのレベルには
大きなバラツキがあって、
ほとんど新説と言っても構わないように
思われる仮説もある。

抽象化したら、次は抽象化によって得られた仮説を
ビジネスや自分の人生に当てはめ、
どのようなことが言えるかを考察する。

ここでポイントになるのが、
具体的な行動まで落とし込んで考えてみること。

「抽象化」を行わずにに本を読んでいると、
どういうことになるか?

単なる「物知り」になるだけである。

◆目標に向かって努力するのは「危険」

将来の目標を設定してその目標から逆算して
読むべき本を決め、それに集中するというのは、
効果的でないどころか危険である。

「長期的な目標を決め、
その達成のために一意専心に頑張るの危険」
という、クランボルツの指摘は、
今後ますます重要性を増す。

世界の変化がこれまで以上に
速くなっている。

米デューク大学のキャッシー・デビッドソンは
「2011年度にアメリカの小学校に入学した
子どもたちの65%は、大学卒業時に
今は存在していない職業に就くだろう」
と主張している。

情報化が進むに従って、
我々の働き方は大きく変わってきた。

たとえば、10年前には「ソーシャルメディア」
などという業界は存在しなかった。

企業がイノベーションを実現するたびに、
業態が変化し、新しい職業が生まれ、
既存の専門職に置き換わりつつある。

「将来きっと役に立つだろう」
という理由で読むべき本を選別する必要はない。

「いま、ここ」ですぐに役立つとか、
あるいは面白いといった刹那的な選好がより重要で、
あまり中長期的な目線で読書をしなくてもよい。

◆「T字型の読書」をせよ!

読書家というと数多くの雑多な本を
読んでいると思われているが、
こういう読み方は趣味の読書なら許されるが、
知的生産に従事する人にとっては
あまり有効ではない。

理由は単純で、
1回読んだだけだと必ず忘れるから。

大事なのは、
何度でも読みたくなるような
深みのある本を見つけて、
それを何度でも読む。

では、
「読みがいのある本」
を見つけるにはどうすればいいのか?

答えはシンプルで
「たくさんの本に浅く接する」。

なーんだ、
結局はたくさんの本を読まなかれば
いけないんじゃないか、
と思うかもしれない。

実際その通りなのだが、
「広く浅い読書」が目的なのではなく、
手段になっていることに注意してほしい。

つまり、何度も読めるような
「読みがいのある本」を見つけるために、
広く浅くたくさんの本を流し読みするだけで、
「広く浅く読みたくて読んでいる」のではない、
ということ。

広く浅く読んで、
「読みがいのある本」を見つけたら
そこで深く潜る。

いわば、「T字型の読書」を通じてこそ
知的なストックは厚みを増す。

「パーソナルコンピューター」という概念を
歴史上最初に打ち立てたアラン・ケイは、
他になにもせずに半年間ひたすら
同じ本を読み返した。

ちなみにアラン・ケイが半年間読んだと
本というのは「グーテンベクルの銀河系」。

https://www.amazon.co.jp/dp/4622018969

◆「忘れる」ことを前提に読む!

本は読むだけでは成果につながらない。

どれだけたくさんの本を読み、
大量かつ良質の情報をインプットしたとしても、
それらのインプットを知的生産の文脈に
合わせて自由に活用できなければ意味がない。

そのためには、
インプットされた情報をいかに効率的に
「ストック」し、自由自在に活用するかが
重要となる。

ここで重要なのが、
「記憶に頼らない」こと。

インプットした情報をストックするというのは、
情報を脳内に記憶するという意味ではない。

脳内の記憶だけに頼って知的生産を行うと、
アウトプットはとても貧弱なものになる。

では、記録力に頼らず、
情報をストックするにはどうしたらよいか。

情報を「魚」、世界を「海」にたとえて考えてみる。

本から情報をインプットし、
それを脳内に記録させる。

これは、いわば世界から釣り上げた情報という魚を
脳という小さな冷蔵庫にしまい込むのと同じこと。

一時的に保存しておくのであれば、
確かに手軽で使い勝手はよい。

しかし、冷蔵庫に貯蔵できる材料は、
種類も量も限られる。

結果、その材料から出来上がる料理=知的生産物には
広がりも驚きもない。

では、釣った魚はどうすればいいか。

イケスをつくって
そこで情報という魚を放し飼いにする。

世界という海から必要に応じて最適な魚=情報を拾い上げ、
それを海のなかにつくったバーチャルなイケスに「生きたまま」
泳がせておき、状況に応じて調達する。

重要と思われる箇所をデジタルデータとして
クラウド上に保存しておく。

具体的にはクラウド・サービスの
Evernote(エバーノート)をつかって
クラウド上に保存する。

エバーノート=イケス
ということになる。

必要な情報はイケスのなかにあるわけだから、
詳細まで全部記録する必要はない。

安心して忘れることができる。

◆読書は「投資行為」と考える!

読書というのは消費ではなく「投資行為」と考える。

読みかけの本を途中で捨ててしまうのを
もったいないと感じるのは、
読書という行為を消費と考えているからである。

読書というのは
本来的に消費行動ではなく
投資行為である。

この投資の原資になっているのは
本に払った代金と自分の時間であり、
リターンは知識や感動などの非経済的な報酬、
あるいは仕事上の評価や昇進・昇給といった
経済的な報酬ということになる。

ここでポイントとなるのは、
読書を投資行為と考えた場合、
もっとも大きなコストになっているのは
「自分の時間」である。

つまり、読書というのは、
自分の時間を投資して、
それによって何らかの利益を
回収するという投資行為にほかならない。

せっかく買った本なのだから、
全部読まなければもったいない、
という人は、自分の時間という希少な
資源をムダにしている。

読書という行為は、
自分の時間といくばかのお金を投資することで
人生における豊かさを回収する投資行為である。

カギになるのは、投資する時間と得られる
豊かさのバランス。

これ以上時間を投資しても、
追加で得られる豊かさは増えないと
判断された時点で、
その本と付き合うのは終わりにする。

◆本は「2割だけ」読めばいい!

多くの人は、
1冊の本を読み始めると、
なんとかしてそれを最後まで読み通そうとするが
これはとても非効率である。

パレートの法則(80:20の法則)
というのがあるが読書にも
この法則は適用できる。

本から得られる効果の80%は、
全体の20%によってもたらされる。

したがって、効率的に読書からインプットを
得ようと思うなら、いかにしてこの20%となる
部分を見抜くかということが大きなカギになる。

結論から言えば、
この20%の部分を見抜くには
全部読まなければならないが、
ここでポイントとなるのが
「軽く、薄く全体を斜め読みする」
ということである。

まず、最初にやるべきことは
「目次を見る」。

目次を見て「総括」や「結論」といった
全体のまとめの章があれば、
まずはそこを読んでみる。

これで全体のエッセンスが
汲み取れる本も少なくない。

一方、「まとめ」らしきことが
書いていなかったときはどうするか。

こういう場合は、
目次立てを見ながら
「一番面白そう」と思える章、
興味を引き立てられる章から読んでみる。

ここでは、その章の冒頭から一言一句
読んでいくことはせず、
段落冒頭の一文だけを読んでいく
という読み方をする。

この読み方であれば、
1章読むのに数分しか要しない。

そうして面白そうであれば、
その章を読んでみる。

面白くなければ、
再び目次に戻って、
面白そうな章を選び、
再び「段落冒頭一文読み」で
その章をざっと斜め読みしてみる。

このとき、頭で「面白いか、面白くないか」
などと考える必要がない。

段落冒頭の一文から次に読み進まずにいられない、
飛ばし読むなんてもったいない、
と思えるかどうかが大事。

「読むべきか、読まないべきか」
などと考える必要はなく、
フィーリングに身を委ねればよい。

そうやって、
いくつかの章を段落冒頭読みして、
それでもなお引きつけられなければ、
その本は読むべき本ではないのだと判断する。

つまり、「最初の段落で読むべき2割の部分」が
見えてこなければ、そもそもその本は手を出さない。

もちろん、本の冒頭から終わりまでつぶさに
読み進むことで得られる「珠玉の一文」を、
この読み方だと見逃してしまうかもしれない。

しかし、こういった珠玉の一文を探すために
すべてを通読しなければならないというのでは、
読書の費用対効果はいつまでたっても
高められない。

時間が無限にある暇人であればともかく、
時間がもっとも希少な資源となっている
多くの人にとっては、
「エッセンスの2割だけ読んで、後は捨てる」
という読書がよい。

◆成果を出すには「2種類の読書」が必要!

読書には「ビジネス書」と「教養書」の
2種類の読み方がある。

ビジネス書の読書と教養書の読書は、
両輪となって初めて、
その人らしい知的成果へと貢献する。

だたし、ここで注意しないといけないのが、
両者はまったく読み方が異なるということである。

ビジネス書は、
名著を繰り返し読み、
読書ノートはとらない。

狭く、深く読むのがビジネス書。

一方の教養書は、
雑多な本を幅広く気の向くままに読み、
読んだら読書ノートをとる。

広く、浅く読むのが教養書である。

なぜ、「違う読み方」が必要になるのか?

ビジネス書は定番・名著と言われる本の数が
それほどないので、基本的にそれらの定番・名著を
押さえておけばよい。

狭い範囲を繰り返し読むので
忘れる恐れもない。

内容はビジネスに対する示唆に直結しているので、
自分で「読書して考え、記憶する」ために
読書ノートをとる必要性は低い。

一方、教養書は、ビジネス書とは真逆になる。

定番・名著と言われるものが確定しているのは
同じだが、ジャンルが多岐にわたるため、
こういった定番・名著をすべて読むわけにはいかない。

また、必ずしもビジネスへの示唆に直結していない
こともあるため、後でどんなかたちでビジネスに
役立つのか、いま現時点ではよくわからないことも多い。

そのため、後で立ち返って考えたり、
参照したりするための読書ノートの作成が必須になる。

◆本を「読んだ後」が勝負!

一般によく誤解されているのが、
「読書量こそがカギ」ということ。

確かに、一定の量を読まなければ
高い知的生産性を発揮することは難しい。

「読書に関する名言」はたくさんあるが、
「読書量の重要性」について言及しているものが多い。

しかし、「量は必要条件ではあるが、
十分条件ではない」。

ある程度の量の読書をしているという人の中にも、
知的生産性には大きな差が生まれる。

なぜか?

読書で得た知識を仕事に活かそうとした場合、
大事なのは「読んだ後」である。

本から得た知識を貯蔵し、
文脈に応じてそれらを組み合わせることで
知的成果を生み出すことが求められる。

読書はしているのに、
いまひとつ仕事につなげられない人は、
「仕入れの量」に問題があるのではなく、
「仕入れた後」、すなわち情報の整理・貯蔵の仕方、
仕事の文脈に合わせて情報を組み合わせる力に問題がある。

だから、「読む量」よりも
「読んだ後」が問題になる。

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