考え方

考え方~人生・仕事の結果が変わる by 稲盛 和夫

稲盛 和夫

1932年、鹿児島県生まれ。
鹿児島大学工学部卒業。
59年、京都セラミック株式会社(現・京セラ)を設立。

社長、会長を経て、97年より名誉会長。84年に第二電電(現・KDDI)を設立し、会長に就任。2001年より最高顧問。
10年には日本航空会長に就任。
代表取締役会長、名誉会長を経て、15年より名誉顧問。
このほか、1984年に稲盛財団を設立し、「京都賞」を創設。
また、若手経営者が集まる経営塾「盛和塾」の塾長として、後進の育成に心血を注ぐ…

人生とは素晴らしい希望に満ちているもの。

未来に希望を抱き、
明るく積極的に行動していくことが、
仕事や人生をより良くする第一条件である

目次

  1.  大きな志を持つこと──気高く、素晴らしい夢を描き、追い続ける
  2.  常に前向きであること──明るい心には、必ず幸運が宿る
  3.  努力を惜しまないこと──頑張ることをあきらめない人に、真の充足感は訪れる
  4.  誠実であること──正しいことを正しいままに追究する
  5.  創意を凝こらすこと──昨日よりは今日、今日よりは明日、明日よりは明後日と改良改善する
  6.  挫折にへこたれないこと──災難は天が与える素晴らしい贈り物
  7.  心が純粋であること──行動の成功は、その心の美しさによる
  8.  謙虚であること──自らを愛する心を抑える
  9.  世のため、人のために行動すること──自己犠牲をいとわず相手に尽くす
考え方~人生・仕事の結果が変わる

考え方~人生・仕事の結果が変わる

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MEMO

考え方

◆トルストイが感心した物語(これが人間である)

ある深い秋、木枯らしが吹く、
寒々とした景色のなかを、
旅人が家路を急いている。

ふと見ると、道端に白いものが
いっぱい落ちている。

何だろうと思ってよく見ると、
それは人間の骨だった。

こんなところに人間の骨があるのは
おかしいなと思いながら、
先へどんどん進んでいくと、
向こうから一匹の大きなトラが
吠えながら迫ってくる。

はっと気がついて、
なるほど人間の骨が落ちているのは、
トラに食われた跡だったのか
と思うと同時に、きびすを返し(引き返す)、
脱兎のごとく逃げた。

しかし、どう道を間違ったか、
断崖絶壁に行き当たり、進退極まる。

まわりをよく見てみると、
崖のところに一本の松の木が生えている。

何とか逃げようと思い、
その松の木をよじ登ると、
トラはネコ科の動物だから、
爪を立てて登ってくる。

もうどうにもならないと思い、
ふと下を見ると、
松の枝から藤蔓(ふじづる)が下がっている。

しめしめと思い、
その藤蔓をつたって下へおりていくと、
藤蔓は途中で切れている。

さらに下を見ると、怒涛渦巻く海。

上のほうでは、さすがにトラといえども、
藤蔓をつたっておりるわけにいかず、
うらめしそうに、
藤蔓にぶら下がった旅人をにらんでいる。

これでひと安心と思っていると、
上のほうがガリガリと音がする。

ふと見ると、藤蔓の根元に、
白と黒のネズミがいて、
交互に藤蔓を噛んでいる。

これはしまった、あのネズミが
藤蔓を噛み切ってしまえば、
自分は海中にまっ逆さまに落ちるしかない
というので、旅人は「シッ、シッ」と
言いながら、藤蔓を揺すって、
ネズミを追い払おうとする。

すると、何か生ぬるいものが落ちてくる。

何だろうを思ってなめてみると、
甘い蜂蜜だった。

よく見ると、上のほうに蜂蜜の巣があり、
藤蔓を揺すると巣が揺さぶられ、
蜜が落ちてくる。

旅人は、いつの間にか白いネズミ、
黒いネズミが藤蔓をかじっていることも
忘れて、蜂蜜の甘さに酔いしれている。

しかし、眼下には、逆巻く波のなかで、
赤と黒と青の竜が今にも
旅人が落ちてくるのを待っている。

旅人は下を見ると怖いので、
ただ上だけを見て、藤蔓を揺すっては
蜂蜜をなめている…

「これが我々人間である」

この物語を解釈すると…

木枯らしの吹く秋を、
旅人が一人家路をたどるように、
人生はどんなにたくさんの仲間がいようとも、
結局は一人旅である。

生まれるのも一人、死ぬのも一人である。

トラとは無情のことであり、死を意味する。

人間は、生まれた瞬間から死に脅かされている。

死というトラがいつも追いかけてくる。

そのためにいろいろな健康法を試してみたり、
医者に頼ったり、宗教に走ったり、
いろいろなことをして逃げ惑う。

そして、やっとたどり着いた松の木は、
今では築いた地位や財産である。

そこへ救いを求めても、死は容赦しない。

地位や財産では何の助けにもならない。

それが頼りない1本の藤蔓に
ぶら下がっている、人間の姿である。

そして、藤蔓の根元をかじっている
白いネズミが昼で、黒いネズミは夜。

つまり、昼と夜が交互に来ると、
やがて寿命が果てることになる。

眼下の三匹の竜は、
赤い竜が「怒り」、黒い竜が「欲望」、
青い竜が「愚痴」を表す。

この怒り、欲望、愚痴という三毒が、
われわれの人生を駄目にしてしまうが、
それは自分の心がつくり出したもの。

人間というのは、
生まれてから死ぬまでひとり旅を
しなくてはならない。

そのなかで常に死に脅かされ、
また自分の心がつくり出した三毒に
脅かされて生きていかなくてはならない。

三毒を完全に消すことはできなくても、
それを自らコントロールし、
抑制するように努めることが大切である。

そうすれば、美しい心が出てくる。

そのためには「足るを知る」こと。

つまり、幸せを感じる心を養うことが大切。

足るを知り、日々感謝する心を持って
生きることによって、
人生は真に豊かで、
幸せなものとなる。

◆生かされている▶感謝の心が生まれる▶幸せを感じられる

人は自分ひとりでは生きていけない。

私たちが今日生きていること、
そして存分に働けるのは、
そもそも空気や水、食料などの
地球環境から、社会、さらには家族や
職場の仲間たちに至るまで、
自分を取り巻くあらゆるものに
支えられているからである。

その意味では、
生きているというよりは、
「生かされている」と言える。

そのように考えると、
この世に生を享けていること、
また健康で生きていられることに対して、
自然と感謝の心が出てくる。

感謝の心が生まれてくれば、
自然と幸せを感じられるようになるはず。

◆サツマイモは、地面をはうように
蔓(つる)が伸びるが、
そのままにしておいても立派に実らない。

夏の一番成長するときに葉をひっくり返し、
根を取り除く。

かわいそうだが、
そうしなければ、
大きなサツマイモはできない。

自然界は、みな試練を肥やしにして
成長していくようにできている。

我々人間も、仕事で苦しんだり、
健康を害したときには、
「この逆境は自分をもっと強く
立派にするために天が与えてくれたものだ」
と積極的に受け止めることが
絶対に必要だ。

◆今日1日に全力を傾注し、常に創造的な仕事をする

今日1日、一生懸命に生きれば、
明日は自然に見えてくる。

明日を一生懸命生きれば、
一週間が見えてくる。

一週間を一生懸命に生きれば、
一ヶ月が見えてくる。

一ヶ月を一生懸命生きれば、
一年が見えてくる。

今年一年を一生懸命生きれば、
来年が見えてくる。

その瞬間瞬間を、
全力を傾注して生きる
ことが大切である。

はるかに高い目標を掲げながら、
自分の歩みがあまりにも遅々(ちち)として
進まない場合、たいていの人は
目標への到達をあきらめてしまう。

あまりにも遠い道のりを歩こうと思うと飽きもするし、
自分の力のなさを感じてしまい、頓挫してしまう。

遠く掲げた目標は潜在意識にしまっておいて、
目の前の1日1日を着実に歩み続ける。

そうすれば、とてつもない所まで
歩いていける。

そうは言うものの、
地味な仕事を毎日毎日繰り返していると、
だんだん張り合いがなくなってくる。

地味な仕事を嫌いにならないコツは、
「創意工夫をする」ことである。

創意工夫といえば、一見、
難しそうに聞こえるが、
それは、今日より明日、
明日より明後日と、
必ず改良改善を加えていくこと。

同じ仕事をするにしても、
今日なこんな方法でやってみる。

明日はさらに能率のいい方法を考えていく。

そうした創意工夫がやがては、
自分でも想像できないような
素晴らしい進歩発展をもたらす。

1日の創意工夫はわずか一歩でも、
その積み重ねはやがて大きな革新に
至る一歩になる。

夢の実現とは、
日々の地味な努力の
積み重ねによってもたらされる。

◆清らかな人間ほど、
目の前の目標も、人生の目的も、
けがれた人間よりもはるかに容易に
達成できる傾向にある。

けがれた人間が敗北を恐れて
踏み込もうとしない場所にも、
清らかな人間は平気で足を踏み入れ、
いとも簡単に勝利を手にしてしまう
ことが少なくない

by ジェームズ・アレン

◆才能のある人はつい自分の才能を鼻にかけ、
傲慢に振る舞ってしまう。

そんな才能だけを備えた人間が
大きな権力を握り、
企業内を牛耳るようになり、
組織全体が「人として大事なこと」
をないがしろにしてしまう。

そのような組織が
お客様を大切にするはずがない。

才能を使うのは「心」だと言われるように、
「考え方」が自分の能力を動かして
いかなければならない。

心を失い、能力だけがあるという人は、
「才に溺れる」と言われるように、
必ず失敗する。

人間として正しい、
つまりプラスの「考え方」を持って
「心を高める」ことに努めるのが
大事である。

◆生まれつき能力が高いか低いかというのは、
長丁場の人生おける成功には
ほとんど関係がない。

能力がさほどなくても、
嘆かず、恨まず、腐らず、妬まず、
愚痴をこぼさず、誰にも負けない努力を重ねれば、
素晴らしい人生を送ることができる。

◆人生、心ひとつの置きどころ(心は極楽をつくり地獄をもつくる)

あるお寺で修行僧の雲水が
「地獄と極楽というのはどう違うのですか」
と聞くと、老師は
「地獄も極楽も外見上は全く同じような場所だ」
と答えた。

どちらにも大きな釜があって、
そこにおいしそうなうどんが
ぐつぐつ煮えている。

ただし、うどんを食べるには、
物干し竿のような長い箸を使う
ことになっている。

地獄界に落ちてきた人たちの場合には、
みな利己的な心の持ち主だから、
「オレがオレが」と、
我先に食べようと、釜のなかにいっせいに
物干し竿のような箸を入れて、
うどんをすくい上げようとするが、
あまりに箸が長く、うまくつかめない。

そのうちに、互いに相手がつかもうとした
うどんを奪おうと争いになり、
うどんは飛び散るばかりで、
一向に口に入らない。

運よくうどんをうまくつかめたとしても、
とても自分の口まで運ぶことはできない。

結局、誰もうどんを食べることができない。

それが地獄の光景である。

一方、極楽では、条件は同じだが、
非常になごやかだ。

みんな優しい思いやりの心の持ち主ばかりなので、
自分のことを先に考えるのではなく、
自分の長い箸でうどんをつかむと、
「お先にどうぞ」と言って、
釜の向こう側にいる人に先に食べさせてあげる。

すると、向こう側の人も
「ありがとう。今度はあなたの番です」と言い、
同じように食べさせてくれる。

だから、物干し竿のような箸を使っても、
お互いに感謝を述べあいながら、
和気あいあいと食べることができる。

阿鼻叫喚のちまたと化している地獄と同じ環境、
同じ条件、同じ道具立てなのに、
極楽では全く違う様相を呈している。

それはまさに、
そこにいる人の心の状態の差だけと
言っていい。

環境も物理的条件も何も違わないのに、
一方では修羅場のような怒号が響きわたり、
奪いあいをしている。

そして、結局誰も自分がほしいものを
手に入れることができずに苦しみあえいでいる。

それに対し、もう一方では、
素晴らしい愛に満ち、お互いのために、
相手のために尽くしてあげようとしている。

そうすることでまた、
相手から返ってくるという平和で幸福な
環境で生きている。

つまり、心の持ち方ひとつで、
地獄は極楽に変わるのである。

それは現実世界でも同じである。

「自分さえよければいい」という利己の心を
むき出しにして世間を渡っていけば、
必ず軋轢が生じ、さらに悪い方向へと
自分を追いやってしまう。

そうした利己の心を離れ、
まず自分から思いやりの心で周囲に
接するようにする。

一人ひとりがそうした
「利他の心」を持つことで、
潤いのある平和で幸福な社会が
築かれていき、一人ひとりの運命も
好転していく。

◆天の力という「他力」を受けるには?

善き「考え方」は、
自助努力による「自力」や
周囲の人々の助けという「他力」をも超えた、
偉大な宇宙のもうひとつの「他力」を
味方にすることができる。

人生を、大海原を旅する航海にたとえると、
我々は思い通りの人生を送るために、
まずは必死になって自力で船を漕ぐことが
必要である。

また、仲間の協力や支援してくれる人々の
助けも必要だが、それだけでは
遠くにたどり着くことはできない。

船の前進を助けてくれる他力の
風を受けることではじめて、
はるか大海原に乗り出し、
航海することができる。

世の中に自力だけでやれることなど
たかが知れている。

また、周囲の人々の助けという他力を
得るだけで達成できることにも限界がある。

偉大なことは人智を超えた天の力である、
もうひとつの他力を受けなければ成し得ない。

けれども、天の力という他力を受けるためには、
自分自身の心を利己まみれの心ではなく、
「他に善かれかし」という美しい心に
することが必要だ。

「オレがオレが」という利己の心は、
いわば穴だらけの帆のようなもの。

よしんば他力の風がいくら吹いても、
帆に穴が開いているために船は
前進する力を得ることは決してできない。

対して、善き「考え方」のもとに揚げた帆は
力強く他力の風を受けることができる。

帆はその人の「考え方」がもたらす
心の状態を表している。

利己的な欲望ではなく、
他に善かれしという美しい心で帆を張れば、
この世界に吹いている神秘的な素晴らしい力を、
自然と得ることができるようになる。

◆人生の方程式

人生の結果=考え方×熱意×能力

この方程式は、
「能力」「熱意」「考え方」という
3つの要素から成り立っている。

▶「能力」とは、
頭がいいというだけではなく、
運動神経が発達しているとか、
頑健であるといった身体的な
能力も含めたもので、
多くは生まれつき備わっている。

この「能力」を点数で表せば、
0点から100点まである。

▶「熱意」とは、
「努力」と言い換えてもよいが、
0点から100点まである。

一生懸命に努力する人を100点とすると、
やる気や覇気のない、
無気力で努力もしない人は0点となる。

この「熱意」は、「能力」と異なり、
自分の意志で決めることができる。

▶「考え方」とは、その人の思想、哲学という
意味でもあり、理念、信念といってもよい。

または、人生観、人間性と置き換えてもよい。

この「考え方」こそが、
最も大事な要素であり、
方程式の結果を大きく左右する。

なぜなら、「能力」や「熱意」が
0点から100点まであるのに対して、
「考え方」には「プラスの考え方※」から、
「マイナスの考え方※」まで、
それぞれマイナス100点からプラス100点
までの大きな振れ幅がある。

おもしろいもので、
生まれつきの能力が高いか低いかというのは、
長丁場の人生における成功には
ほとんど関係ない。

能力がさほどなくても、
嘆かず、恨まず、腐らず、妬まず、愚痴をこぼさず、
誰にも負けない努力を重ねれば、
素晴らしい人生を送ることができる。

※プラスの「考え方」
常に前向きで、肯定的、建設的である。皆と一緒に仕事をしようと考える協調性を持っている。真面目で、正直で、謙虚で、努力家である。利己的ではなく、「足る」を知り、感謝の心を持っている。善意に満ち、思いやりがあって優しい。

※マイナスの「考え方」
後ろ向きで、否定的、非協力的である。暗く、悪意に満ちて、意地が悪く、他人を陥れようとする。不真面目で、嘘つきで、傲慢で、怠け者。利己的で強欲、不平不満ばかり。自分の非を棚にあげて、人を恨み、人を妬む。

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