二宮金次郎の一生

二宮金次郎の一生 by 三戸岡 道夫

三戸岡 道夫

本名、大貫満雄(おおぬきみつお)。
日本ペンクラブ会員。
1928年浜松市生まれ。
1953年東京大学法学部卒業。
協和銀行副頭取を経て、作家活動に入る…

農民から幕臣となり、
藩の改革に努め、
600の村を救い、
数万人を飢饉から守った二宮金次郎。

強靭な精神力と清貧で、
慈悲の心を持つ偉大な日本人の生涯に迫る。

目次

第一章  一家離散
第二章  生家復興
第三章  服部家の奉公
第四章  服部家財政再建
第五章  桜町領の復興事業(上)
第六章  桜町領の復興事業(中)
第七章  桜町領の復興事業(下)
第八章  青木村の復興事業
第九章  谷田部・茂木細川家の復興事業
第十章  烏山藩の復興事業
第十一章 小田原藩の復興事業
第十二章 相模片岡村の復興事業
第十三章 大磯の仕法
第十四章 韮山の仕法
第十五章 下館藩の復興事業
第十六章 相馬藩の復興事業(上)
第十七章 相馬藩の復興事業(下)
第十八章 幕臣への登用
第十九章 再びの真岡
第二十章 日光神領開発事業
第二十一章 大推譲
あとがき
年表

二宮金次郎の一生

二宮金次郎の一生

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MEMO

二宮金次郎の一生

◆二宮金次郎の遺言

いかなる大事業でも、
決してあせってはならない。

あせればあせるほど、
うまくいかにものである。

しかしそうかといって、
あまり沈着しぎては、
倦怠を生じる。

怠けずに一生懸命に励むことだ。

今日ここまでやってこられたのも、
薄氷をふむ思いで、
毎日毎日、
そのようなつもりで苦難に堪えてきたからである。

自分の生涯の業績は、
墓石のようなものの中にだけ残るのではない。

人々の心の中に残るのであり、
世の中に残るのである

自分は生涯、そのようなつもりで復興事業をやってきた。

◆二宮金次郎の一生

金次郎の一生を振り返ってみると、
その生涯はすべて、
興国安民、救世救民にあった。

金次郎が各地の農村の復興事業をやらずに、
一生涯、生まれた故郷にとどまって、
その手腕を自分の蓄財にみに使ったならば、
何千町歩、何万町歩の大地主となり、
巨万の富を築くことも不可能でなかった。

しかし、
金次郎はいっさい、
そうしたことをしなかった。

金次郎は私利私欲に走らなかった。

金次郎が念願したのは、
いかにして貧村の窮困を救い、
荒地を開墾し、
村人の借金を返済させ、
村人の生活を安泰にするかにあった。

だから、
自分の人生のすべてそのために投入し、
死を前にして、
金次郎は一反歩の自分所有の土地もなく、
金銭はすべて報徳金として農村復興のために
使ってしまっていた。

自分の私有財産というものは、
皆無だったのである。

金次郎の報徳の教えたは、

▶勤労(よく働く)
▶分度(身分相応に暮らす)
▶推譲(世の中のために尽くす)

の3本柱であるが、
その教えの「推譲」を、
金次郎は身をもって実践したのである

◆ほどほどのところで食べる

茄子を作って、
実が5つなれば、
食べるのは3つにして、
2つは保存しておくとよい。

そういうやり方で茄子を育てていけば、
霜の降る頃まで茄子はなるから、
茄子の保存量も増えていく。

世の中のことは、
すべてこのようにすれば、
間違いない。

穫れたものを、
すべて食べてしまってはダメだ。

ほどほどのところで食べて、
あとは残しておく。

その残したものを、
世の中のために蓄積していくことが大切である

※「茄子」を「給料」「収入」「報酬」等に読み替えてください。

◆ただ現在困難だからという理由だけで報恩(ほうおん)をしないのは、
恩を受けた者のなすべき道ではない。

事が成功した後に恩を返すのは、
誰にでも出来ることだ。

恩を返すのが困難な時に、
歯を食いしばってでも恩返しをするのが、
たとえささやかでも本当の報恩である。

恩に報いるのに、
時期を失ってはならない

◆そもそも貧困というものは、
他所からやってきたものではなくて、
みずからこれを招いたものである。

そもそも人間は、
衣食住がなくては、
生きていけぬ。

その基本である田畑を荒らしながら、
食が豊かになることを求めている。

泉の源を枯らしておいて、
泉水の豊かさを求めるようなものだ。

◆天地間のあらゆるものには、
すべて時機というものがある。

その時機を捉えないと、
物事は成功しない。
—————————————–
◆善悪、正邪、貧富、受施、貸借、貧恵、
およそ天地人の間の森羅万象は、
すべて因縁によって結ばれ、
原因があって結果が生じる。

人間のやる事をすべて先見性をもって当たれば、
因果輪廻の法則によって、
何事もうまくいく。

◆大きな事業をするには、
急いではならない。

数十カ村を一時に行えば、
どれも中途半端になり、
失敗してしまう。

最初に選定した村を徹底的に復興し、
それが完成したら、
次へ進むべきである。

広大な復興計画を行うのであるから、
一時に数十カ村を行うのは不可能である。

これが大事業を成功させる鉄則である。

◆水は高いところから、
低いところへ流れていくように、
物事はすべて「善」を先にする方がいい。

◆ 直(なお)きを挙げて枉(まが)れるを錯くときは、枉れる者をして直からしむ

曲がった人を罰するよりも、
正直な人間を抜擢(ばってき)し、
曲がった人間はそのままにしておけば、
やがて曲がった人間も正直な者を見習って、
正直な者になる。

◆いま(江戸時代のこと)
日本の国には何億何町歩という田畑があるが、
これも一鍬一鍬耕し、
それを積み上げたもの。

一鍬一鍬積み重ねて怠らなければ、
何万町歩の荒地といえども開発可能である。

荒地を開墾するには、
荒地をもってするのが、
開墾の常道である。

どういうことか?

たとえば、
最初の一反の荒地を開墾するのに、
一両かかるとする。

その一反から穫れた米を次の荒地開墾費用に投入し、
これを毎年重ねていけば、
最初の一両だけで、
何万町歩の荒地が開墾できる。

◆田を作り食を求めて施せば
命あるものみな服すらむ

草木でさえも、
よく肥料を与えれば、
よろこんで成長する。

百姓だってそうである。

与えなければ従わない。

◆藩の政治を要約すれば、
「取る」ことと、「施すこと」
の2つになる。

取ることを優先すれば藩は衰え、
施すことを優先すれば藩は栄える。

施すことを優先すれば、
藩の復興は必ず達成できる。

※この「藩」を「日本」に読み替えてください。

いまの世は、
租税を取ることを第一とし、
与えることを後まわしにしている。

これでは、民は安心して働かない。

◆金次郎は、
郡代程度の人間ではなく、
家老が来るように要求したのは、
偉ぶっているからでもなく、
尊大に構えているからでもなかった。

藩の復興とは、
口で言うのはやさしいが、
実際は大変な難事業である。

藩のトップ、すなわち藩主や家老たちが
本気になってやらなければ成功しないことを、
幾多の藩政改革の経験から、
金次郎は嫌というほど身にしみて感じていた。

だから、藩主や家老に、
藩政改革の決意をさせるために、
家老の来訪を要求したのである。

それが出来ないような藩主や家老であれば、
どうせやっても途中で挫折するに決まっているから、
やらない方がいい。

◆大きい藩の復興でも、
小さい藩の復興でも、
その基本は同じである。

その基本とは、
藩の分度を決定し、
その分度を基準に藩全体の復興計画を立て、
仁による政治を行うこと。
————————————–
◆机上の学問は、実社会では役にたたない

金次郎は学者に
「お前は学者だそうだが、
豆という字を知っているかな」
と聞いた。

学者は変なことを聞くものだなと思ったが、
仕方なく、
筆と硯を借りて、
達筆で「豆」の字を書いて差し出した。

すると金次郎は、
門人に倉庫から豆を持ってこさせ、
縁側に、その豆と、
紙に書いた豆の字を並べた。

そして馬をつれてくると、
「わたしの師はこの馬だ」
と言って、
馬の鼻先を縁側にむけた。

馬は紙に書いた豆の字などには
目もくれずに、
本物の豆を食べた。

金次郎は、
「学者の豆はたとえ1万字あったとしても、
馬は見向きもしない。
報徳の豆は、真実の豆である。」
と語った。

学者は、
「机上の学問は、実社会では役にたたない」
ことを悟り、
金次郎に心から感服した。

◆古来より、
国の衰亡の原因は重税にある。

国が栄えるのは、
百姓の生活が安定し、
安定した農耕をして、
豊かな収穫をあげるからである。

しかし、藩では調子に乗って、
新しく発見された3万8千石にも年貢をかけてしまったので、
百姓は農耕のゆとりをなくし、
農地開墾の意欲を失い、
ひいては農耕の意欲も低下して、
年貢の納入力も衰えていった。

それなのに藩内では節倹を忘れて
奢侈(※)に流れ、
収入は減るのに支払いはふえ、
それを借金で補っていった。

その借金を返すために課税を増やし、
ますまず領民は窮乏に陥っていくという
悪循環になった。

※奢侈(しゃし):度を過ぎてぜいたくなこと。身分不相応に金を費やすこと。

◆借金、借金というけれど、
なぜ借金がそんなに増えてしまったのか。

それは藩の「分度」が明確に立っていないからである。

「入るをはかって、出ずるを制す」
という財政の大原則を無視し、
金が足らなかれば、
一時金を借りて不足を補い、
後々のことを考えないので、
このような困窮を来したのである。

そこで、借金の心配を解決しようと思ったら、
まず藩財政の根元である「分度」を確率せねばならない。

分度がいったん確率すれば、
貧富盛衰がなぜ起きたか、
そして、衰廃をいかにしたら復興できるか、
その方法がおのずから明らかになる。

分度を決めるには…

藩の過去10年の租税を調べ、
その平均値を出すこと。

10年間を調べれば、
その中には豊作も凶作も実績として入ってくるから、
この平均値が、藩の実力である。

すなわち「分度」である。

この分度を基準にして、
毎年の支出を押さえていくことによって、
藩財政の基本が確率する。

赤字にストップをかけ、
借金の累増を減少に持っていくのが、
「分度」である。

だから分度を実行するには、
大幅な経費削減しかない。

経費削減はたんなる掛け声でなく、
具体的な数字を目標にかかげ、
実行していく以外にない。

◆藩主の努めは、
領民をいつくしむこと、
すなわち仁政(※)にある。

その仁政を忘れたので、
藩は窮困に陥っっているのである。

それなのに、
領民の苦しみを後回しにして、
目先の借金のことばかり気にする、
それは本末転倒である。

※仁政(じんせい):民衆に恵み深い政治。

◆金次郎は仕事が多忙を理由に会わなかった。

金次郎が最初から簡単に人と会おうとしないのは、
勿体ぶっているからでも、
意地悪からでもなかった。

その依頼が
「どのくらい真剣であるか」
その熱意の度合いと、
復興事業への藩主の覚悟のほどを、
金次郎の拒絶に対する反応の工合によって、
確かめたかったからである。
———————————
◆万物の道理とは…

およそ天地の間で、
万物の道理はみな同じである。

瓜の実をまけば瓜の実がなり、
茄子の種子をまいて、
瓜の実がなることはない。

人の世でもそれは同じで、
あなたが善の種をまいたのに、
悪の実がなったのではない。

悪の実がなったのは、
あなたが悪の種をまいたからだ。

善の種をまけば善が実り、
悪の種をまけば悪が実る。

◆物事の衰退には必ずその原因がある

その基は「道の衰退」である。

道が盛んなときは国は栄え、
道が衰えるときは国が衰える。

では、その「道」とは何か?

道というのは、人の道である。

人の道とは、
人間が互いに協力し、
1円融合(※)を以(も)って相養い、
救助すること。

昔の明君は、
君民をもって一体となし、
苦楽を共にし、
憂いと喜びを同じくし、
互いに助け、
相養う道を盛んにした。

だから能ある者は、
能なき者に目をかけ、
富める者は貧しき者を助け、
それぞれが有無相通じて、
国は一家のごとく治まるのである。

これが反対になれば、
国は滅びる。

一つの村の復興も道理はこれと同じである。

※一円融合
万物は一つの円の中で、互いに働き合い一体となることで、初めて成果が現れる、という報得思想。

◆積小為大とは?

1軒で毎日縄を一房作るか、
または一房節約すれば、
村全体では1年に33両の蓄積が出来る。

これを10年続ければ330両になるわけで、
これである程度の返済が出来る。

これが積小為大(小を積んで大を為す)
の方法である。

◆借金を返すには2つの方法しかない

借金を返済する方法は、
財産のあるものはこれを売却し、
財産のない者は一生懸命働き、
節約し、それで返済する、
この2つしか方法はない。

◆何事にも時というものがある

「時」がまんだ来ないのに
行っても成功しない。

たとえば、
一口に復興事業と、
言葉で言うのはやさしいが、
実際それを行うには非常な困難が伴い、
犠牲を払う。

困窮から脱したいという切実な願いがあるからこそ、
困難と犠牲に耐えるのである。

だから、
現在その困難に陥っていないのに、
やっても、成功しない。

◆人間に必要な3つの徳目とは?

「勤労、分度、推譲」である。

一口で言えば、
勤労とはよく働くことであり、
分度とは身分相応に生活することであり、
推譲とは世の中のために尽くすことである。

これが人間に必要な3つの徳目である。

◆分度を立てれば、
一定の枠の中で生活するのだから、
予想外の成果があがる。

そして、分度外の財が生まれる。

たとえその余財がわずかでも、
毎年毎年それを積み重ねていけば、
藩を復興し、領民を安んずることが出来る。

分度があるから分度外が生じるのであって、
金次郎が分度、分度という本当の狙いは、
この「分度外」にあるのだった。

分度の決定には、
重要なポイントがある。

分度は、従来よりも、
低い線で決定することである。

分度が設定されると、
藩はこれまでよりきびしい緊縮予算の中で
生活しなくてはならない。

これまでのような放漫生活は許されない。

緊縮予算を我慢しなくてはならない。

藩主や家臣たちが、
その困難に耐え得るかどうかである。

耐え得れば成功するし、
耐え得なければ、
成功しない。

復興事業が成功するか、
どうかは、
この忍耐力にかかっているといってよかった。

◆二宮金次郎に学ぶ日本財政の立て直し方

そもそも国が衰えたり、
乱れたりするのは、
その国の分度(※)が明確になっていないからである。

収入はむさぼり取るのに、
予算を立てずに出資するので、
多額の不足を生じる。

それを少しも反省せず、
質素、倹約を守ろうとせず、
金が足らなかれば他人から借り、
領民から年貢をしぼり取り、
それでも足らなければ翌年の年貢を先納させたりする。

毎年このようなことをやっているのでまずます困窮し、
その結果、領民は領主の行政をうらみ、
農業を捨てて一家離散するのである。

そうなるとわずかな利を追い求めるので、
領地はまずます荒廃し、
租税はますます減少して、
藩の財政が極度に困窮する。

すると、家臣を扶持する米や金もなくなり、
そうなると公儀への御奉公もおろそかになる。

武士の気風もいやしくなり、
義理、人情に欠け、わずかなの利益を争って
忠義のなんたることもわきまえず、
藩内が累卵(るいらん)の危機になる。

このような禍(わざわい)は何から起こったのかといえば、
藩に分度(※)が確率していからである。

藩に分度が立っていないときは、
何万両の金を注ぎ込んでも、
破れた桶に水を入れるようなもので、
一滴も残らない。

※分度とは、収入に合わせて支出をする、その限度のこと。

◆二宮金次郎は、
金を払えばいくら働かせてもいいというのではなく、
働く者のモラールアップにも配慮した。

そのため人々は、
大喜びで金次郎の命令に従い、
仕事はぐんぐんとはかどった。

◆一人の中には
勤勉と怠惰の相反する心がある。

同じ人間でも、
怠けようと思えば怠惰になってしまうし、
まじめに働こうと思えば勤勉になる。

善悪、貧富、盛衰、存亡、
すべて同じようなものである。

富み栄える方法を行えば、
必ず富み栄え、
貧乏の道に迷うと、
必ず貧しくなってしまう。

◆人は困ったときには
困難をいとわないと言うけれど、
少し工合がよくなると、
すぐ元に戻ってしまう。

◆二宮金次郎のやり方は、
質素、倹約を旨とし、
それによって余剰を生み出し、
その余剰で他人の苦難を救い、
それぞれが刻苦精励(※)して家業に励み、
善行を積んで悪行はなさず、
よく働いて、一家の安全をはかる。

※刻苦精励(こっくせいれい):
苦労しながらも、全力で仕事や勉強をすること。
「刻苦」は自分の身を刻むような苦労をすること。
「精励」は仕事や勉強をひたすら頑張ること。

————————————-
◆報徳とは?

▶神徳(天地自然のめぐみ)
▶公徳(社会の恩恵)
▶父母祖先の徳(肉親のおかげ)
▶わが徳行(報恩、感謝、積善)

をもって実践する道

と定義している。

そして、報徳の実践にあたっては、

▶至誠
▶勤労
▶分度
▶推譲

と4つの綱領をあげている。

▶誠実勤勉に働き
▶至誠、勤労、収入に応じて支出に限度を設け(分度)、

余裕を生み出してその蓄えた余裕を、
次世代や地域のために譲っていく(推譲)
という実践活動が、
報徳の実践基本理念である。

すなわち、
人間が働くのはただ自分のためだけに
働くのではなくて、
他の生命のために
働かねばならぬということであり、
これが「他の恩に報ゆる」
報徳である。

◆金次郎の徳のとらえ方は独得で、
宇宙観すべてのものに徳があるとし、
その徳を引き出す、
顕現するのが人間であり、
その徳を引き出す行為を「報いる」とている。

◆不動尊とは?

「動かざること尊し」と読む!

何か事を達成するまで、
その場所を動かないことを誓う。

◆一円観

人には絶対の善人もないかわりに、
絶対の悪人もない。

至誠(しせい※)をもって当たれば、
事業を妨げる人々の心をも動かすことができる。

善や悪など、
世の中のありとあらゆる対立するものを、
一つの円の中に入れて観る。

世の中には、
善悪、強弱、遠近、貧富、男女、夫婦、老幼(ろうよう)、
苦楽、禍福(かふく:わざわいとしあわせ)、生死、
寒暑(さむさあつさ)など、
互いに対立し、対照となっているものが無数にある。

この対立するものを一つの円の中に入れ、
相対的に把握する。

禍福、幸災など、
互い対するものは、
いずれもそれぞれ円の半分である。

世の中のことは何事も、
それに対する別の半円と合わせて、
1円となる。

物事の相対性を「1円観」として捉える。

何か事をなそうとすると、
必ずといってもいいくらい反対する人がいる。

反対者には反対の理由があり、
反対者が出ることは、
まだ自分の誠意が足りず、
反対させる原因が自分の方にもあることを悟る。

※しせい:この上なく誠実なこと。まごごろ。

◆手厚く援助を与えるほど、
かえって難儀が減るどころか、
逆に増えてしまい、
情をかければかけるほど、
ますます悪化してしまう。

それは援助や情けに慣れてしまって、
怠け者になってしまうからである。

枯れ木にはいくら肥料をやっても、
生き返ることはない。

しかし、若い木に肥料をやれば、
すぐ成長する。

怠け者は、
その怠け心のために、
ちょうど枯れ木のように亡びてしまう。

だから情をかけると、
生き返るどころか、
反対にますます亡んでしまう。

怠け者に情をかけるのは、
一見「仁」のようにみえるが、
本当は仁ではない。

だから、
情をかける前に、
まず仕事に精を出させ、
善行を行うように心を改めさせてから、
情をかけるべきである。

そうすれば、
若い木が成長するようにい立ち直る。

何度教えても改心しない者は、
亡びるしかない。

◆借金して家を改築するのではなくて、
資金を貯金してから改築する。

改築した後から借金を返すのは大変なことだが、
事前に金を貯めるのは、
希望が持てて、いい事だ。

◆生活に困り、明日も知れぬ思いで、
半ば自暴自棄になっている村民に、
いくら観念的に村の復興の義務を説いても、
とてもうけいれられない。

まずは村人の生活を改善し、
その中から村人の意識も変えていく。

つなり、一挙に村内復興という改革に入るのではなくて、
生活改善という、
普通の民政を徹底的に進める。

その上に立って、
忍耐強く、農村改革を組み上げていく。
———————————————-
◆貧困者を救うには貧困者自身の力をもってやる…

荒廃した土地を開墾するには、
荒廃した土地自身の力をもってやり、
貧しい者を救うには、
貧しい者自身の力をもってやればいい。

具体的には…

たとえば、荒廃した田を1反開墾し、
そこから一石の米が生産できたとする。

半分の5斗(と)は食料とするが、
半分の5斗は貯えておいて、
来年の耕作の元手とする。

毎年このように余剰を残しながら
耕作を続けていけば、
ときに金を投入しなくても、
多くの荒地を開墾することができる。

秘訣は取れた米を全部食べてしまわないで、
その一部を蓄積していく点にある。

◆金次郎が工夫したのは、
万が一、返済がとどこおった場合の処置である。

もし一組の中で、一両借りた一人が100日たっても返済できないときには、
帳簿に記名したその当事者の名前から、
下へ記名した10人の者が、
一人、700文(※)ずつ連帯して弁済することにした。

そして、この連帯責任による返済が完了するまで、
次の貸付を停止するのである。

返済が完了すれば、
また貸付が再開される。

したがって借りた人間は、
返済をとどころらせると他人に迷惑がかかるので、
絶対返済をお遅らすことが出来ないわけである。

※700文の10倍はほぼ1両に相当する。

◆「物」を担保とするのではなく、
「心」を担保に貸す

◆自己の能力を知りそれに応じた生活の限度を定める

万物には、いずれにも、
おおよその限度というものがある。

鉢植えの松の木を例にとれば、
鉢の大きさによって、
松の木の大小が決まってくる。

だから鉢が小さいのに、
葉をのび放題にしておけば、
やがて松は枯れてしまう。

枯らさないためには、
毎年葉を摘み取り、
枝をすかしてやってこそ、
松は美しく育つのである。

人間の家計も、
これと同じである。

家計の限度をわきまえずに、
春は遊山に興じ、
秋は月見の宴をはり、
よんどころのない交際だといっては金を使い、
親戚の付き合いは大切だといって出費が重なっていけば、
家計はだんだん衰えて枯れ果てるに決まっている。

だから、
その鉢に応じた枝葉を残し、
不相応の枝葉を毎年切り捨てねばならない。

家計も同じである。

木を植えるときには、
根を切ったならば、
同時に枝葉も切らなくてはならない。

根だけ切って枝葉を切らなければ、
根で吸う水が不足して、
木は枯れてしまう。

枝葉を切り取って、
根の力に応じるようにせねばならない。

人の家計もこれと同じである。

稼ぎ手が減って収入が減るのは、
植木の根が減少して、
水を吸い上げる力が減ったのと同じである。

稼ぎ手が減ったのに、
それまでと同じ生活をしていたのでは、
家はついに滅亡してしまう。

そのためには収入に見合った限度(分度)を立てて、
生活の仕方を圧縮しなければならない。

分度とは、言ってみれば、
「自己の能力を知り、
それに応じた生活の限度を定めること」
である。

◆どんな財政の再建でも、
その基本は、
「入るをはかって、出ずるを制す」
である。

◆「物」ではなく人の「心」を担保にお金を貸す!

金次郎個人の金であれば、
もし返済されなくても
「まあ仕方がない」と自分があきらめればそれで済むが、
皆の金を貸すとなれば、
そうはいかない。

「確実に返済する」という約束が絶対条件になる。

この「約束を守る」というのが信用であり、
そのために金次郎が考えたのが五常であった。

五常とは人間の行うべき道として、
儒教が定めた根本原理で、
仁、義、礼、智、信の5つの徳である。

この5つの徳を守る人間であれば信用が置け、
安心して金が貸せるという考え方であった。

金の貸し借りには、
金の余裕のある人がない人へ、
金を差し出すことが必要で、
これが「仁」である。

借りた人は約束を守って間違いなく返済する、
これが「義」である。

借りた人は、
貸してもらったことに感謝する、
これが「礼」である。

また金を借りたら一生懸命働いて、
どうしたらはやく返済できるか努力工夫する、
これが「智」である。

金の貸し借りには、
確実に約束を守ることが大切で、
これが「信」である。

そして、この5つの徳を守ることのできる人だけが、
基金を借りることが出来る。

つまり、人間の信頼関係を基にした、
回収不能がない金融制度であり、
物を担保に金を貸すのではなく、
人の心を担保に貸すのではある。

貸借関係の信頼を崩さないためには、
このような倫理的な自覚と、
相互に規制する連帯的な責任制度が必要だった。

◆金次郎は、人が困っていれば金を貸し、
また無駄使いをしないようにと、
給金の一部を預かってやったりもした。

そして、金次郎は預かった金を他へ貸して利子をふやしてやり、
「金次郎に金を預けておけば安全で、
確実に利子が増える」
と喜ばれた。

金次郎はいわば銀行のような役目を果たした。

その結果、
一人一人の生活設計まで考えてやり、
借金の返済方法から、
将来にそなえての貯蓄計画の相談などにも乗るという、
生活コンサルト(FP)の役目まで引き受けるようになった。

◆金次郎の心の奥底には、
「百姓は汗水垂らして働いて、
なぜ5割も年貢を納めなくてはならないのだろう」
という強い疑問が横たわり、
それが、
「そのような仕事へ、
自分の貴重は労働力を投入したくない」
という年貢への抵抗感が、
「年貢を納める仕事」を
金次郎に忌避(きひ)させた。

◆金次郎は一生懸命に仕事をしたが、
決して割の悪い仕事はしなかった。

効率よく仕事をした。

金次郎は単なる田畑を持った百姓ではなく、
同時に労務者であり、商人であり、
勤め人であり、金融業者という、
多面的に活躍した実業家である。

◆田圃を貸しておけば、
何もしなくても、
一定の収穫が入ってくる。

これは金を貸すのと同じである。

これほどいい仕事はない。

◆一攫千金的なことを考えていてもダメで、
小さな金でも少しずつ積み立てていく、
それが積もり積もって大になる
「積小為大」の方法が一番いい。

◆推譲(すいじょう)

世の中のために尽くす。

◆返報性の法則

困窮者を助けるつもりで金品を与えたり、
無利息で金を貸してやったりすると、
その人たちが少しでも生活に余裕が出来ると、
必ず金を返しにきて、
それに何らかのお礼なり、
利息をつけるのである。

それはいくら断っても、
「わたしのほんの気持ちですから」
といって置いていく。

ただ助けるつもりだったのに、
相手は助かったといって、
お礼をしないと承知しないのである。

◆多くの人は書物を読む時、
まず文章を読んでから、
その後で内容を理解しようとする。

しかしそうではなく、まず最初に、
天地大自然の中にある道理をよく考え、
しかる後に、読んだ書物の内容が天地大自然の
どの道理に当たるのかと考えると、
おのずと見当がつく。

—————————————

◆積小為大(せきしょういだい)

大きい事をしたいと思えば、
小さい事を怠らずに勤めなくてはならない。

およそ小人の常として、
大きい事を望んでも、
小さい事を怠るので、
結局大きい事を成し遂げられない。

それは小を積んで大となる事を、
知らないからである。

千里の道も一歩ずつ歩いて行き着くのだし、
山も作るにも、一もっこの土を重ねて積み上げているのである。

この道理をよくわきまえて、
小さい事を勤めていけば、
大きい事は必ず出来上がる。

小さい事をいい加減にしては
大きい事は出来ない。

◆小を積んで大を為す

田圃に捨てられた少しばかりの苗でも、
大事に育てれば一俵の籾となる。

つなわち、
「小さい事でも、
積み重ねれば大きいものになる」
ということであった。

この事は菜種についても同じことである。

◆頭を使い効果的に働くとは

草が荒地や畑にはびこってしまったとき、
普通は一番茂ったところから除草しようとする。

しかし、これを逆に考える。

一番茂ったところを除草するには手間がかかり、
時間をとられてしまううちに、
あまり茂っていない所の草まで茂ってしまい、
そちらの草を取るのも大変になる。

それよりは、繁茂したところは目をつぶって後まわしにし、
草の少ないところから除草していった方が効率が上がり、
全体として作業がはかどる。

この考え方は、山林を切り開くときにも応用できる。

ただやみくもに働くのではなく、
頭を使い、全体的、長期的な見方で
効果的に働けということである。

◆薪を背負って毎日、毎日、
長い道を往復するだけでは、
時間がもったいない。

そこで勉学好きな金次郎は、
「大学」という書物を懐に入れて、
この行き帰りに本を読んだ。

田圃道を歩きながら読書する、
誰も邪魔する者はいない。

金次郎はその解放感から、
声を出して「大学」を読んだ。

するとよく頭に入った。

◆貧しくても松の苗を堤に植える…

ここに、
貧しくても、自分のことだけを考えるのではなくて、
世のためになることにも目を向ける
という二宮金次郎の原型を見る。

◆二宮金次郎は、父、母、祖父の、
それぞれの異なった面を引き継いで育っていった。

父▶学問好き、困窮者への慈悲
母▶六尺豊かな体格
祖父▶幅ひろい農業活動

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