どこまでやるか、町内会

どこまでやるか、町内会 by 紙屋 高雪

紙屋 高雪 (かみやこうせつ)

1970年愛知県生まれ。
京都大学法学部卒。
自らのブログ「紙屋研究所」で漫画評論や育児論、社会時評をつづる…

町内会・自治会の課題を解決し、
快適にご近所づきあいするために―大きな災害が起こるたびに人々の結びつきが注目され、
町内会の存在がクローズアップされる。

一方で、
高齢化で担い手がいない現実や、子育て世代にとって負担の多い活動が、
ご近所トラブルのもとになることも。

町内会と行政の関係や新興の町内会のあり方を通して、
町内会に関わるすべての人の疑問や思いにこたえる1冊…

目次

第1章 ごみ出し問題には町内会の抱える問題が集約されている
第2章 「担い手がいない」という悩みへの「解決策」の罠
第3章 その事業は本当に必要か
第4章 町内会はどこまでリストラできるか
第5章 今すぐできるリストラ策「おまとめ事業」と手続きの簡素化
第6章 行政、連合体、町内会、住民への提言

どこまでやるか、町内会

どこまでやるか、町内会

Amazonに移動する…

MEMO

どこまでやるか、町内会

◆まずは町内会に入って1年間やってみる

1年たっても改善されないとき初めて
「入会しない」「脱会」というカードを切る。

一向に改革されないなら、どんどん抜けていくのもひとつの批判である。

気がつけば誰もいなくなっていることによって、
その町内会は反省に追い込まれる。

経済学者は組織が失敗から回復する手立てとして
「発言」と「離脱」の2つがあることを示した。

「発言」は、簡単に言うと、
組織の中で改革のために声をあげること。

「離脱」は、抜けてしまうこと。

抜けてしまう人が出ることで、
組織は失敗に気づき、
反省する。

わかり易く言い換えると、
レストランでまずい料理が出た場合、
シェフを呼んで「これまずいよ」というふうに言うのか、
それとも「もう二度と来ない」と心の中で思い、
以後そこに行かないのか、その違いにある。

町内会はどちらもある。

ある特定の状況においては、
離脱は発言が失敗したのに行使される最後の手段としての対応になる。

「離脱」は衰退する組織を改革する立派なオプションである。

まず、町内会で「発言」してみる。

交渉もここに含まれる。

町内会にとどまって変えようと試みる。

そして、1年とか2年くらい役を引き受けてがんばった人であれば、
「忠誠」を示しているから、
町内会の側はむげにはできない。

それでも町内会側が変えるきざしを見せないなら、
あなたはそこで「離脱」のカードを切ればいい。

「離脱」はしばしば裏切りのように扱われるが、
町内会という組織体は、
「このままではいかんのかもしれん」という反省を得るきっかになる。

「離脱」によって、
あなたはコミュニティにとってよいことをしたのである。

◆請願を使う

行政を相手にするにしても、
連合体にモノを言うにしても、
口頭でのやりとり、
まして電話でのやりとりは、
あとに残らない。

きちんと申し立てた、
という事実自体があいまいになりやすい。

そこで文書できちんと申し入れる。

行政は文書主義といって、
原則としてやりとりを文書で残すようにしているから、
特に効き目がある。

請願書には、住所と氏名を書いて、
役所の宛先させ決まっていれば、
いつでも・どこでも・誰でも出せる。

◆町内会への提言

町内会への加入は任意である、
任意である以上強制はできず志願(ボランティア)が原則である。

ボランティアが原則である以上、
やりたい人・楽しめる人にはどんどんやってもらう。

このことをふまえながら、
町内会にとって一番大切なコミュニティ意識をつくりだすこと、
つまりお隣さん意識をつくりだすことだけに集中して、
楽しくやることを心がける。

他はざっくりとリストラする。

◆公園の掃除や草取りも地域(町内会)にまかせている場合がある。

町内会の負担が重くなり、
掃除や草取りが追いつかず、
ゴミが散らかったり、
草がぼうぼうになっている公園を見かけるが、
市町村が公演として利用できる最小限の頻度での清掃・草取りには
責任を持った上で、もっと美しく、キレイに使えるように
プラスアルファとして町内会に公園の管理の一部をまかせることはありえる。

◆町内会の規模を縮小する

加入が任意である町内会については、
地方自治体とまったく反対の道がある。

それは、意思決定の手続きを思い切って
簡単にしてしまうという道。

町内会の規模そのものを抜本的に小さくする。

古代のギリシャの哲学者は、
理想的な共同体について議論した際に、
規模にもふれ「ひと目で見渡すことができる程度」
ということを条件にあげた。

相当小さな共同体である。

今、世の中の町内会は、
構成世帯が平均で250世帯ほどだと言われている。

保育園の関係者によると理想的な保育所の規模は
せいぜい60人ぐらいまでだそうだ。

顔を名前を園長さんが覚えて、
それぞれの子どものことをよくわかり範囲が
これくらいなのだそうだ。

「顔がわかり、気心が知れる」…
そういう範囲に思い切って町内会を縮小してみてはどうかと思う。

そこで今ある町内会の中にある班とか呼ばれる少単位を思い切ってコミュニティにしてしまう。

おそらく数世帯から20世帯前後くらいが単位になるのではないか。

これくらいが、
コミュニティ意識が芽生え、
お隣さん意識が生まれて、
お互いに助け合いをするような単位ではないかと考える。

◆繰り返される町内会の不正

町内会への不信の少なくない部分が、
お金の使い方の不透明さに由来する。

横領しているというのはまれだとしても、
「高い町内会費を払って、
結局役員の飲み食いに消えているじゃないの?」
この種の不信感の表明は多い。

◆町内会の担い手がいない、
というどこも共通して出される悩みの大もとには、
行政が下請けさせている膨大な仕事があり、
その負担に押しつぶされているということがある。

◆東京都の町内会は、
数が増える一方で加入率が低下してきている。

そこに見られるのは、
新興マンションでの「ゆるやかな町内会」が勃興する一方で、
負担の重い、従来の町内会がものすごい勢いで衰退している。

◆ゆるやかな町内会が増えている

今、東京都会では「ゆるやかな町内会・自治会」が増えている。

その中心になっているのが、
新興のマンションの自治会。

自治会は会費を徴収しない。

ゴミの集団回収への行政からの報奨金などを収入源に各種行事を行っている。

マンション自治会は町内の清掃や防犯活動をしない場合が多く、
住人にとって煩わしい義務を負わずに自分の意思を主張できる。

班長とかの輪番制もない。

賃貸なので、負担が重いとやったくれない。

そもそもそういう自治会などの煩わしさが嫌で賃貸に来ているという人もいて、
会費なんかも「とる」という話しになったら引っ越してしまう人さえいる。

◆町内会は、
これまで輪番・義務・強制が組織原則だった。

これは地域の大事な問題だから参加せねばならず、
それ以外は許されないとされ、
否応なしに巻き込まれたきた。

町内会の側に、
必要性や魅力を説く苦労はなかった。

しかし、任意・ボランティアが原則となれば、
これはサークルやNPOと同じように、
まず呼びかける側が必要性や魅力をわかりやすく
説かなければならない。

しかし、そうやって獲得できた人こそ、
本当の意味で自発性を持ち、
長くその団体にかかわることができるはずである。

サークル・NPOの原理に転換することで、
従来あった、参加しない人を「フリーライダー」だと罵(ののし)り、
許せなかった感情の問題は、解決する。

◆町内会が任意とボランティアが原則ということは、
組織の原則が輪番・義務・強制ではなくなる。

早い話し、サークルと同じになる。

◆今の町内会は、
「絆」「共助」「社会で担う」などの掛け声のもとで、
一番大事な原点、
すなわち任意でありボランティアであるということが
忘れ去られている。

「地域に必要なものだから」という理由で、
参加が強制させられ、
輪番によって押しつけられているのが普通。

この仕組みは悪い形で作用し、
いくらでも町内会の負担を膨らませ、
それをいいことに、
行政は自分たちの組織をリストラして削った事業を
どんどん町内会におそろうとしている。

やりたい人がいない事業は、
やらなくてもいいもの。

そこまで必要とされていない事業ということ。

◆理想は「会費なし・義務なし・手当なし」の町内会

団地の住民であれば誰でも参加でき、
加入する・しないという手続きをしない。

したがって、会費を1円も取らず、
基本的にみんなのカンパでまかなう。

イベントに参加する人に少しだけ出してもらうという、
事業費制とする。

スタップは、輪番制などの強制は一切やめる。

やりたい人が必要だと思うこと、
やりたいことだけをやる。

やりたくない人は、やらない。
—————————————————

◆公営住宅の共益費は誰が集めるのか?

公営住宅か公団住宅かでまったくキツさが違う。

公団住宅(URの賃貸団地)では、
自治会がある団地とない団地に分かれる。

団地に自治会がない場合は、
その団地がある地域の町内会に入るようになるかというと
必ずしもそうはならない。

URでは民間賃貸アパートのように建てる際に町内会が大家と協定を結んで、
アパートを借りた人(店子)を必ず入れさせる、
という条項はつくっていない。

ところが、公営住宅はまったく色合いが変わる。

かなり強力な自治会が存在しているところが多い。

というのも、ほとんどのところで、
自治会が自治会費だけでなく、
共益費も集めているからである。

共益費は、
たとえば団地のエレベーターや給水施設の維持管理などに使われるお金。

URの場合は、「大家」にあたるURが集めている。

たとえそのUR団地に自治会があったとしても共益費を自治会に集めさせることはまずない。

自治会加入が任意である以上、
自治会費を支払うのも法律上は任意だが、
共益費はほぼ家賃のような性格を持っているので、
入居する人は契約上必ず払うことになる。

両者はまったく性質が違うもの。

にもかかわらず、公営住宅の多くでは共益費も自治会が集めているので、
自治会自体に「当然入るもの」という雰囲気が生まれやすくなる。

なぜ公営住宅では自治会が集めるのか?

「事業主体は、公営住宅の使用に関し、
その入居者から家賃及び敷金を除くほか、
権利金その他の金品を徴収し、又はその入居者に不当な義務を課すことができない」
とされていて、
要は自治体としては家賃以外集めちゃダメだから共益費は集めないということらしい。

つまり、その代わり自治会が集めることになる。

ところが、最近、全国で自治体が自治会に代わって共益費を集めるようになり始めた。

公営住宅法第20条はどうなったのか?

「…同法の『逐条解説』によれば、
共益費や駐車場などの共同施設についての費用を徴収することまでを禁止しているものではないと解されているので…」
ということらしい。

つまり、どちらにも対応できる、
一種のグレーゾーンということらしい。

現場では団地自治会の高齢化による衰退(役員のなり手がいない)がひどくなって、
もう集金も成り立たない状況になっている。

そうした中で、公営住宅の「共益費徴収」も、
次第に自治体が集めるというふうに変わろうとしている。

◆町内会の大原則

町内会はあくまでも任意・ボランティアであり、
住民に対して責任を負っているものはひとつもない、
ということを認識する。

迷ったときは、
この大原則に沿って考えるとよい。

その上でいくつかのポイントを上げると…

▶よその地域に目を向けること
あなたの地域で「当たり前」と思っていることは、
実は別の地域、別の自治体に行けば、
全然「当たり前」ではないかもしれない。

防犯灯、ゴミ集積所などところが変われば
町内会の仕事ではない。

▶法律の根拠を聞くこと
「それって法律や条例で決まっているんですか?」
行政や連合体があたかも法令上の義務であるかのように言ってくる場合がある。

行政の意向を受けている町内会連合体の場合は、
完全にウソを言っている場合があるし、
行政の場合はあとで問題にならないように、
まるで法律で決められた義務であるかのごとくそれっぽく言うこともある。

もしそんなことを聞いたら、
文書でもらって、
弁護士でも地方議員でもいいので
聞いてみる。

▶行政区長制度をとっていることころは、行政区長の仕事と町内会の仕事をきちんと区別すること

多くの場合は、この2つは別にもの。

任意である町内会とそのメンバーにとっては、
行政区長を引き受けている町内会長も、
負担が重いなら、区長をやめればいい。

このように考えたとき、
防災であろうが、防犯や見守りであろうが、
任意で町内会がどうしても絶対しなければならない仕事というものは、
ほとんど存在しないことがわかる。

ただひとつの仕事を除いて…

それは「コミュニティ意識を育てる」ということ。

◆高齢者の見守り

高齢者の安否や福祉に責任を持つのは、
本人、家族、行政であり、
あくまでも町内会ができることは
「お手伝い」なのだということを認識すべき。

◆町内会の「神話」を解体する

「社会全体で担う」と言うときに、
大事なのは、
どこが本来責任を持つべきなのか、
ということが明確であること。

防災にしろ防犯にしろゴミ収集にしろ、
根本には行政(市町村)に責任がある。

任意団体である町内会が住民に対して
責任を負うことはできない。

あくまでプラスアルファなのである。

「社会全体で担う」というロジックに騙されないこと。

◆現状は、
市町村(行政)は気軽に業務を町内会に「下請」に出し、
また町内会側もそれを引き受けている。

町内会の仕事を厳選し、今抱えている膨大な仕事(事業)を
リストラしなくてはならない、
というは町内会が任意加入制をとっている以上、
原理的・構造的に抱えざるとえない問題なのだ。

町内会の大きな負担になっている行政の下請仕事を抜本的に減らし、
住民が近づかなくなる現状を変えなければ、
古典的な町内会は、担い手いないという悩みを解決できず、
遠からず滅びの道をたどるしかない。

◆「町内会の加入は任意」という前提を忘れてはならない

住民が「入りません」と言えば、
それを尊重しなければいけないのが、
現在の日本のルールである。

たとえば、住民の半分が「町内会に入らない」と言い出せば、
残りの半分の住民で仕事を回すしかない。

この前提を忘れがちになるのは、
どこかで「町内会は義務であり、
全員が加入すべきもの」という思いが残っているからではないか。

いざとなれば強引に入れればいい、と。

加入が任意であるということは、
根本的にはサークルやNOPを同じということ。

自発的にもとづくボランティア。

やりたい人だけがある。

この前提を受け入れないと、
いつまでたっても前へは進めない。

町内会は自治体と根本的に違うのである。

◆町内会が任意団体であることを前提にすれば、
市町村(行政)から引き受ける仕事には限界がある。

強引に町内会に加入させ仕事をやらせていけば
なんとか回していけるかもしれない。

だが、任意制という法律上の前提をちゃんと踏まえるなら、
そういう無理強いは破綻せざるをえない。

◆町内会の「担い手がいない」という悩み

役員や班長たちはだいたい高齢者、
しかも決まった顔ぶればかりで、
若い、新しい世代がなかなか入ってこない。

◆町内会が強制加入ではなく任意団体であり、
行政が責任を持つべき仕事を肩代わりする組織ではないことを認識すべき。

◆町内会のゴミ出し問題の解決方法

1)行政が責任を完全に果たす
2)ルールを柔軟に運用する
3)ボランティアの気持ちで部分参加を認める

◆地方自治法第10条2によると、
「住民は、法律の定めるところにより、
その属する普通地方公共団体の役務の提供をひとしく受ける権利を有し、
その負担を分担する義務を負う」
となっている。

したがって、
住民として税金を払っているなら、
任意団体である町内会に入っていようがいまいが、
その「役務」、つまりサービスの提供を
「ひとしく受ける権利」があるはず。

◆ゴミの「収集」は市町村などの行政の責任であり義務である

なのに、収集業務の末端部分が、
実に微妙な形で町内会に「下請」に出されている。

たとえば、
誰の家の前を集積所にするか、
誰が集積所を掃除するのか、
苦情はどうするのか…

こうした問題を解決するのは、
市町村(行政)ではなく、
下請けに出されている町内会の仕事になっている。

◆町内会は、任意団体なのに、
あたかも住民全員が入らなければならない
強制加入の公的団体のように思われている。

任意団体であるにもかかわらず、
ゴミの集積所の管理のための掃除や費用を皆で負担しなといけないとされている。

防犯灯も同じである。

ゴミの集積所、防犯灯は本来行政が行うべきであり、
町内会はあくまでもボランティアという位置づけである。

本来行政の責任なのに町内会が「下請け」的な存在になっている。

◆任意なのに強制させられる

町内会は「ある地域の全員が加入する建前」だが、
法律上はどうなのか?

実は、
町内会は強制加入としてはならない組織、
つまり任意団体である。

2005年に、某県営住宅の町内会(自治会)が会費を払わない住民に対して裁判を起こしたが、
結果は町内会側の負け。

2005年に最高裁判所の判決が出て、
「権利能力のない社団」
「いわゆる強制加入団体でもない」
とされた。

◆町内会をやめたい、
そんなことをしたら近所で生活できない、
ゴミ出しもできない、
そんなことをしたら近所で生活できない、
ゴミ出しもできない、
家族がどんな非難を浴びせられるかわからない。

◆町内会の
強制的で押しつけがましいやり方にうんざりしている。

◆町内会の煩わしさに悩まされている、
なんとかならないか?

◆「義務なし・手当なし・会費なし」
という新しい町内会を立ち上げる。

◆「町内会の煩わしさ」と「担い手がない」
という問題は同根のもの。

◆町内会の役員のなり手不足を嘆く前に、
役員の負担を減らすことを考えるべき。

◆町内会の役員になり手無く非常に困る
行政その他が安易に下請けとして使うため、
役員の負担が大きい。

もっと、やる事を簡略化して現役のサラリーマンでも
できるようにする必要がある。

◆「派遣の仕事で子どもたちを育てているのに、
町内会の清掃のために会社を休んで派遣切りにあったら、
誰か責任をとってくれるのか?」

この人の場合、
町内会費は払うけど、
班長はやらない、名簿にも載せない…
ということで決着した。

◆町内会が消える?~どうする地域のつながり~ (クローズアップ現代) 2015/11/4放送
https://www.youtube.com/watch?v=hS3LxyqR5ok

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする