雑草はなぜそこに生えているのか

雑草はなぜそこに生えているのか : 弱さからの戦略 by 稲垣 栄洋

稲垣 栄洋

1968年静岡市生まれ。
岡山大学大学院農学研究科修了。
農学博士。
専攻は雑草生態学。
農林水産省、静岡県農林技術研究所等を経て、静岡大学大学院教授。

農業研究に携わる傍ら、雑草や昆虫など身近な生き物に関する著述や講演を行っている…

「抜いても抜いても生えてくる、粘り強くてしぶとい」
というイメージのある雑草だが、
実はとても弱い植物だ。

それゆえに生き残りをかけた驚くべき戦略をもっている。

厳しい自然界を生きていくそのたくましさの秘密を紹介…

目次

第1章 雑草とは何か?
第2章 雑草は強くない
第3章 播いても芽が出ない(雑草の発芽戦略)
第4章 雑草は変化する(雑草の変異)
第5章 雑草の花の秘密(雑草の生殖生理)
第6章 タネの旅立ち(雑草の繁殖戦略)
第7章 雑草を防除する方法
第8章 理想的な雑草?
第9章 本当の雑草魂

雑草はなぜそこに生えているのか

雑草はなぜそこに生えているのか

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MEMO

雑草はなぜそこに生えているのか

◆除草剤を多用するあまり、
ついに雑草にも除草剤の効かない抵抗性の個体が
次々に出現するようになってしまった。

◆野生の植物が花を咲かせるのは、
人間に見てもらうためではない。

昆虫を呼び寄せて花粉を運ばせるためである。

◆人間はそれぞれ守るべき原則を
ひとつかふたつもてばそれでいい。

他のことはさっさと妥協してしまえ。

「妥協してしまえ」というのは、
裏を返せば守るべき原則だけを
しっかり守れ
ということでもある。

◆生きていく上で
「変えてよいもの」と、
「変えてはいけないもの」がある。

変えてよいものに固執して、
無駄なエネルギーを使うよりも、
変えてはいけない大切なものを
守っていけばよい
のだ。

◆雑草は可塑性が大きい。

これは、
変えられないものは変えない。
変えられるものを変える

ということだ。

「環境」は変えられないが、
「自分自身」は変えられる。

◆最も強い者が生き残るのではなく、
最も賢い者が生き延びるのでもない。

唯一生き残るのは、
変化できる者である

◆雑草のような誰も世話をしてくれない
野生の植物が全滅せずに長い時間、
世代をつないでいくためには、
優れた形質を選び抜いて揃えていくことよりも、
個性ある「多様性」を維持することが、
大切なのだ。

◆雑草は、
同じような種子をたくさん作っているように見えても、
できるだけ性質をそろえずに、
バラバラにするようにしている。

◆雑草の種子は、
できるだけ「そろわない」ことを大切にしている。

◆植物の種子が春を感じる条件は、
「冬の寒さ」である。

冬の低温を経験した種子のみが、
春の暖かさを感じて芽を出すのだ。

植物にとって、
冬がこなければ本当の春は来ない。

◆人間と雑草とは、
1万年以上も戦い続けてきた。

雑草にとっては、
除草する人間は敵かも知れない。

しかし、その敵の存在によって、
雑草は生存の場が与えられているのだ。

◆雑草もしぶといが、
それは抜いても抜いても生えてくるようなしぶとさである。

抜く人がいなくなってしまえば、
雑草はただの「弱い植物」に過ぎない。

◆雑草を完全になくす方法がひとつだけある

意外なことに、それは…

「雑草をとらないこと」だ。

◆C-S-R三角形理論

Competitive:競争に強い
Stress tolerance:ストレスに強い
Ruderal:環境変化に強い

CSRの要素は、
すべての植物にとって不可欠
である。

そのため、この3つのタイプは、
植物が種類ごとにどれかに当てはまるということではなく、
すべての植物がこの3つの要素のバランスを変えながら、
それぞれの戦略を発達させていると考えられる。

雑草は、このRタイプが強いとされている。

◆教えるのは簡単だ、
知っていることは教えたい。

しかし、教えない力が私たちを育ててくれる。

学校で教師が教えないことは、
自然が教えてくれるし、
自分から学ぶ。

自然こそが真の教師なのだ」

◆これは生物の種の話であるが、
私たち人間の世界もきっとそうなのだと思う。

この世に生まれた誰もが、
どこかでナンバーワンであり、
どこかでオンリーワンの役割を果たしている。
そして誰もが欠けてはならない存在なのだ

この世に存在するすべての生命が、
ほんの偶然で今の時代に居合わせている。

それは、食べたり食べられたり、
競ったり奪い合ったりしているように
見えるかもしれないが、
すべてが奇跡のような命の輝きなのだ。

◆自然界を見回せば、
いかにも強そうに見える生物もいれば、
かわいそうなくらい弱そうな生き物もいる。

立派な生き物もいれば、
つまらなく見える生き物もいる。

しかし、その生き物すべてが
ナンバーワンの存在である。
そして、そのどれもがオンリーワンの
役割を持っていて、
どの生物が欠けてもバランスが崩れて
成り立たなくなってしまうような
つながりが作られている

それが、「生態系」である。

自然界の営みの、
何と輝いて見えることか。

◆生物は助け合う

植物の花と、
花粉を運ぶ昆虫は助け合っているように見えるが、
別にお互いのことを想い合っているわけではない。

昆虫は自分のために蜜を集めているだけだし、
植物も花粉を運ばせようと企てているだけだ。

すべての生物が自分のことだけを
考えて利己的に振る舞っている。

しかし、人間が見ると、
それは助け合っているようにしか見えない。

「一人勝ちでは生きていけない」
「助け合った方が得である」これが、
激しい競争社会の中で35億年の生物の進化が
導き出した答えである

何の道徳心もない自然界で選び抜かれた戦略の、
何と道徳心に満ちているか。

こうして、ナンバーワンの生物たちは
お互いに関係し合って暮らしている。

そして…
生物たちのオンリーワンのニッチは、
そのまま生態系の中でオンリーワンの役割になる。

———————————————–
◆ニッチシフト

皮肉なことに、
好きでもないのになぜかできてしまうことと、
好きなのになかなかできずに苦手なことというものもある。

できれば、好きなことを選びたい。

あるいは、
得意なことなのに、
絶対に勝てそうにないライバルがいることもある。

そんなとき参考になるのが、
生物の「ニッチシフト」だ。

ナンバーワンになれる
オンリーワンの場所がニッチである。

それは、
自分の得意なことや、
好きなことになる。

そこで、
少しづつずらしながら、
その周辺で自分のニッチを探すのだ。

好きなのに苦手なことは、
少しずらせば、
得意なことになるかも知れない。

得意なのに好きでもないことは、
少しずらせば、
好きなことになるかもしれない。

「ずらしてみる」というのは生物にとって、
重要な戦略である。

すべての生物は、
そうやってずらしながら、
ナンバーワンになれるニッチを求めている

◆あなたがナンバーワンになれること

あなたがナンバーワンになれる
簡単な方法がある。

もっとも簡単にナンバーワンになれる種目は…

あなたらしさ」である。

「あなたらしさ」という種目で、
あなたにかなう人はいない。

そうだとすれば、
「あなたらしさ」を磨き、
「あなたらしさ」を高めることが、
ナンバーワンになる
もっとも近道ということになる

もっともやってはいけないことは
人と比較することだ。

誰かを目指している限り、
あなたはナンバーワンになれることはない。

誰しも得意なことはある。

努力しなくても、
簡単にできてしまうこともあるし、
努力してもなかなかできないこともある。

努力しなくても、
できてしまうことを徹底的に努力するというのも、
ナンバーワンになるひとつの方法だ。

◆苦手なことも個性になる

個性を磨くときには、
「こうあるべき」という常識を疑って、
捨ててみることも大切だ。

雑草も、
「生き抜くには競争に強くならなければならない」
「光を得るためには、縦に高く伸びなければならない」
という常識とは違うところで成功しているのである。

生物は不均一でバラバラである。

しかし、それでは理解するのに不便なので、
人間は平均値を取る。

そして平均値で、
その集団を代表させる。

しかし、平均値から遠く離れた異常値が生き残ったり、
新たな進化を生む原動力になったりするのが生物の世界だ。

雑草の世界を見てほしい。

小さなものも大きなものもある。

早く芽を出すものも、
遅く芽を出すものもある。

雑草にとって大切なのは、
それぞれが「違う」ということで、
どれが優れていてどれが劣っているということではない

「個性」には平均的な個体もなければ、
平均以下という言葉もない。

私たちはよく「普通」という言葉を使う。

しかし、「普通」とは何か。

平均値が普通なのだとしたら、
「普通」というものは、
存在しない。

「普通」というのは幻の存在なのだ。

人間の世界では、
「普通」というのは、
「こうあるべき」という存在だったりする。

人間の思う「こうあるべき」の凝り固まった塊が「普通」である。

しかし、雑草は、
「こうあるべき」でないところで勝負して、
成功している

◆自然界の競争によく似ているのは、
芸能界である。

芸能界は「キャラが被る」ということを嫌う。

番組の中で同じキャラの人は二人はいらない。

キャラが被ると、
出演できる番組の数はそれだけで減ってしまう。

そして、個性が失われ、
やがてはどちらだけが生き残り、
どちらだけが無情にも芸能界から消えてしまう。

◆ナンバーワンになれるオンリーワンの場所を探す

私たちは人間という種であり、
おそらくは知能を発達させて自然を都合よく作り変えるという
オンリーワンでナンバーワンの種ということになる。

私たちひとりひとりは、
生物の中の「個体」だから、
種という集団の中で、
必ずしもニッチを棲み分けなければならない
ということではない。

しかし、ナンバーワンになれるオンリーワンを探すという
生物の世界の営みは、
生きづらい人間の現代社会を生き抜くのに、
とても役に立つ考え方である

◆マーケティングではニッチ戦略というと、
小さな隙間のような意味として使われるが、
生物にとっては単に隙間を意味する言葉ではない。

すべての生物が自分だけのニッチを持っている。

大きなニッチもあれば、
小さなニッチもあるが、
ジグソーパズルのピースがぴったりと
組み合わさるように、
生物はニッチを分け合っている。

仮にニッチが重なれば、
重なったところでは激しい競争が残り、
どちらか一種だけが生き残る。

◆ナンバーワンになれるオンリーワンの場所を
生態学では、「ニッチ」という。

ニッチはそれぞれの生物が固有に持つものである。

ニッチは場所の場合もあるし、
餌の場合もあるし、
環境の場合もある。

「ニッチ」とは、
もともとは、装飾品を飾るために寺院などの壁面に
設けたくぼみを意味している。

やがてそれが転じて、
生物学の分野で
「ある生物種が生息する範囲の環境」
を示す言葉として使われるようになった。

ひとつのくぼみには、
ひとつの装飾品しか飾ることができないように、
ひとつのニッチにはひとつの生物種しか住むことができない。

◆棲み分けという戦略

実は、ガウゼの実験には続きがる。

ゾウリムシの種類を変えて、
ゾウリムシとミドリゾウリムシで実験をしてみると、
今度は、2種類のゾウリムシは
ひとつの水槽の中で共存したのである。

実は、ゾウリムシとミドリゾウリムシは、
棲む場所と餌が異なるのである。

ゾウリムシは、水槽の上の方にいて、
浮いている大腸菌を餌にしている。

一方、ミドリゾウリムシは水槽の底の方にいて、
酵母菌を餌にしている。

このように、
同じ水槽の中でも、
棲んでいる世界が異なれば、
競い合う必要もなく共存することが可能なのだ。

つまり、
水槽の上のナンバーワンと
水槽の底のナンバーワンというように、
ナンバーワンを分け合っているのだ。

これが「棲み分け」である。

同じ環境に暮らす生物どうしは、
激しく競争し、
ナンバーワンしか生きられない。

しかし暮らす環境が異なれば、
共存することができる

ナンバーワンしか生きられない。

これが自然界の鉄則である。

それでも、
こんなにもたくさんの生き物がいる。

すべての生き物が、
どこかの部分でそれぞれナンバーワンなのだ。

ナンバーワンとオンリーワンのどちらが大事か?

その答えはすでに出ている。

すべての生物はナンバーワンである。
そして、ナンバーワンになれる場所を持っている。
その場所はオンリーワンである。

つまり、
すべての生物はナンバーワンであると同時に、
オンリーワンなのである

◆ナンバーワンかオンリーワンか?

オンリーワンか、
それともナンバーワンか。

あなたは、
どちらの考えに賛成するだろうか?

実は、
生物の営みを見回してみると、
自然界には、
これに対する明確が答えが示されている。

生物の世界の法則では…

ナンバーワンしか生きられない。

これが、厳しい鉄則である。

「ガウゼの法則」と呼ばれる。

ガウゼは、
ゾウリムシとヒメゾウリムシという2種類の
ゾウリムシをひとつの水槽でいっしょに飼う実験を行った。

すると、
水や餌が豊富にあるにもかかわらず、
最終的に1種類だけが生き残り、
もう1種類のゾウリムシは駆逐されて、
滅んでしまうことを発見した。

こうして、
強い者が生き残り、
弱い者は滅んでしまう。

つまり、
生物は生き残りを懸けて激しく競い合い、
共存することができない。

ナンバーワンしか生きれない。

これが自然界の厳しい掟である。

自然界でナンバー2はあり得ないのだ。

なんという厳しい世界なのか。

しかし、不思議なことに、
自然界を見渡せば、
さまざまな生き物が暮らしている。

ナンバーワンしか生きられない自然界に、
どうして、こんなにも多くの生物が存在しているのか?

◆雑草魂

「雑草のように耐えて頑張れ」
「雑草は踏まれても踏まれても立ち上がる」
と言われる。

だが、本当は、
踏まれた雑草は立ち上がらない。

よく踏まれるところに生えている雑草を見ると、
踏まれてもダメージが小さいように、
みんな地面に横たわっているようにして生える。

「踏まれたら、立ち上がらない」
というのが、
本当の雑草魂なのだ。

雑草は踏まれた立ち上がらない。

しかし、
「雑草は踏まれても踏まれても、
必ず花を咲かせて種子を残す」。

大切なことは見失わない生き方。

これこそが本当の雑草魂なのである。

◆未来のことは誰にもわからない。

だから、雑草は選択肢を絞ることなく、
たくさんのオプションを用意して
未来を待ち受けている。

昨日今日のことで
くよくよする必要はない。

来るべき未来に備える
心構えが必要なのだ。

そして、まっすぐな道などない。

色々なことが起こるのが人生だ。

しかし、それも人生の愉しみである。

◆雑草とは
未だ価値を見出されていない植物である。

◆植物学の中でもっともミステリアスで
謎に満ちた植物が、
ごく身近なところに存在する。

それが「雑草」である。

じつは「雑草」と呼ばれる植物は、
特殊な環境に適応して、
特殊な進化を遂げた、
特殊な植物なのである。

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