集中力はいらない

集中力はいらない by 森 博嗣

森 博嗣(もり・ひろし)

1957年愛知県生まれ。
小説家。
工学博士。
某国立大学の工学部助教授の傍ら1996年、『すべてがFになる』(講談社文庫)で第1回メフィスト賞を受賞し、衝撃デビュー…

目次

第1章 集中しない力
第2章 「集中できない」 仕事の悩みに答える
第3章 「集中しない」と何故良いか
第4章 考える力は「分散」と「発散」から生まれる
第5章 思考にはリラックスが 必要である
第6章 「集中できない」感情の悩みに答える
第7章 思考がすなわち人間である

集中力はいらない

集中力はいらない

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MEMO

集中力はいらない

◆あまりかっかせずに、
ゆったりといこう。

◆「頑張らない」という生き方は、
一生懸命の振りをするのに比べて気楽である。

この場合、
人からどう思われても良い、
という価値観がまず育つ。

人には自分を低く見せている方が有利だ。

バカに見せておけば変に期待されずにいられる、
という具合になる。

また、
逆に「いつも余裕があるように」装うかもしれない。

◆処理をする、
反応する、
その繰り返しだから、
自分の処理や反応を妨げるものを、
まずは憎らしく感じてしまう。

考えていないと、
こういった具合に感情が先走ることになりがちだ。

好きか、嫌いか、
と単純な処理をして、
反応しようとするから、
たまに考えたときにも、
多分に感情的になる。

自分の感情に支配されているので、
思考が自由に働かない。

◆習慣を変える

まず変えるべきものは「習慣」。

こつこつと、
少しずついろいろやることを「習慣」にする。

そうすることで、
考える習慣ができる。

周囲を気にする時間、
周囲とのつながりを確認する時間は、
今の半分にして、
その分を「考える」そして「作る」ために使う。

こうした習慣こそが、
さらに分散思考の頭を少しずつ耕してくれる。

◆「集中」とは、
「思考」を排除するものであり、
さらには、「人間」を排除するものである。

現在の大衆の多くは、
ただ「処理」をし「反応」するマシンになっていないだろうか?

◆効率化というのは、
与えられた仕事だったら、
時間当たりの生産量を増やすこととほぼ等しい。

あるいは、
生産しない作業だったら、
成果と結果が同じで、
それに要する時間を減らすこと。

しかし、
時間給で雇われている人には、
これは無意味
である。

時間を減らしたら、
賃金が下がるだけだから。

◆畑にタネを蒔かず、
秋になって自分の畑にだけ実りがないと
悩んでいる人がいたとき、
どんなアドバイスができるか?

来年のためにタネを蒔きなさい、
と言うことは簡単だが、
その人の現状を解決することにはならない。

◆仕事とライフスタイルを切り離す

本来、
人生がさきにある。

仕事は人生の一部だ

仕事をしないと生きていけないので、
仕事は生きるための手段の一つといえるが、
人生の目的ではない。

それは、
呼吸をしなければ生きられないが、
呼吸をするために生きているのではないのと同じだ。

これまでの社会は、
仕事が中心であり、
人間の価値の大部分が、
その人が就いている職業によって評価されていた。

「将来何になりたいか?」と問われた子どもは、
ほとんど例外なく、
どんな職業に就くかを答える。

しかし、
そういった価値観は、
しだいに緩んできている。

仕事は、
生活をするための手段として存在しているだけで、
それが生きる目的になる必要はない

人は、
金を稼ぐために働いているのである。

それを、
生きることと仕事をすることを同列に考えようと無理をするから、
「自分のやりたい仕事ができない」
「仕事場が楽しくない」という悩みが大きくなる。

仕事に、
ライフスタイルを求めすぎている、
という錯誤である。

◆人は、
言葉で考えるようになった。

これは、
頭脳の本来の処理能力を
充分に活かしていない可能性もある。

さらに、
IT化され、
人間の頭脳の負担は軽減された。

そしてまともに考える人が少なくなった。

◆頭をリラックスさせるには…

自信を持たないことだ。

自分はバカだと思いこむ。

自分の頭では無理だ、
と考える。

自分の中で、
自分を低く見る。

そうすれば、
問題に対して謙虚になれるし、
どうせ解けないんのだから駄目元で、
とだらだらと考えることができる。

自分には絶対に解けるはずだ、
と思うから緊張して力が入ってしまう。

◆リーダーとは、
自分が抱える部下たちに
問題を与える人」のことである。

問題は、
リーダーが作るのだ。

新しい問題を見つけることが
リーダーの役目なのだ。

◆人間は、
なにもすることがなければ考える生き物である。

なにも与えなければ、
自分の頭の中で自分が欲しいものを作るようになる。

◆大多数の人たちは、
「学ぶ」ことが「考える」ことだと勘違いしている。

「学ぶ」とは、
頭にインプットすること、
知識を入れて覚えるだけのことだが、
「考える」とは、
それらインプットしたものを用いて
頭の中で理屈を組み立てること、
仮説を作ることである

脳の活動として、
まったく異なっている。

◆集中思考している人は、
自分の好きなものを決めつけ、
そればかりを探しているから、
どんどん見える範囲が狭くなっていく。

深めればそれが専門になることもあるが、
その道で大成するには、
どこかで大局的な視点を持たなければならなくなる。

◆視点を集中せず、
いつも多視点で観察することが重要である。

そんな姿勢が、
かえって疲れない自然な思考と行動へと導く。

◆お金を貯めるよりも、
時間を溜めた方がずっと生活に余裕ができる。

分散型の仕事術は、
時間の融通が利く方式だから、
時間の貯金を持っているような状態と言える。

時間というのは、
お金よりも価値がある

お金は取り返せるが、
時間は使ったら戻ってこない。

無駄なことに時間を使うのは、
その分お金を払っていると考える。

実際、
無駄な時間を過ごすことで、
どんどん金欠になっていく人は大勢いる。
——————————-

◆読書はインプットだが、
思考はアウトプットである。

野球が上手になるには
練習をするしかない。

知識が足りなくて、
野球ができないのではない。

同じように、
思考ができるようになるには、
思考するしかない

◆勉強も仕事も、
遊びみたいに楽しいわけがない。

苦しいのが当たり前。

人間は、
苦しいことでも、
将来の利益のために行動ができる。

◆やる気なんてものは、
やり始めれば自然に出てくる。

つまりエンジンがかかってくる。

◆相手の意見を聞くときも、
自分の意見を誇示せず、
常に影響を受けようと積極的に耳を傾けることが重要であり、
こうでなければ、他者に学ぶこともできないし、
議論というものの価値もなくなってしまう。

◆自分の意見が多数とは違うと認識している少数派の人間は、
意見が違っても敵だとは考えない。

意見が違うことが自然であり、
違うからこそ議論ができる、
と考える。

常識というものは、
そもそも多数派の価値観にすぎない。

◆冷静さというのは、
用意周到な予測によって生まれるものであり、
つまり、トラブルを想定し、
万が一のときにはどんな手を打つか、
という対策を事前に練ってあるからこそ、
狼狽せずにすむ、
というだけである。

◆「こんなに儲かります」とう宣伝をよく見る。

そんなに儲かるなら、
どうして人にすすめないで自分で儲けないのか、
というくらいの理屈は、
大部分の人が持っていると思う。

しかし、それに似たものは、
「一生涯保障」「老後の安心」「夢を実現させるために」などの、
魅力的な言葉に隠れている。

明らかな事実は、
金を出すのはあなたであって、
相手があなたに差し出すのは(相手にとって)
その金額よりも低い価値のものである

という事実である。

それが、
あらゆる商売、
あらゆる仕事の基本だ

その道理をあなたが持ってさえいれば、
忘れずに思い出しさえすれば、
大きく騙されることはない。

◆雑多な情報の中から何を選ぶのか、
という問題ではなく、
その情報をどう加工して自分の頭に入れるのか、
というところが肝心である。

◆情報は鵜呑みにしない

ものごとにのめり込まない、
あるものを見ていても常に別の視点から見ようとする、
同時に逆の立場から考える、
自分の抱いた感情や自分の意見に対して、
すぐに反論を試みる、
常識的なもの、普通のものは疑ってかかる…

まとめると、
多視点、反集中、非常識、
もっと言えば「天の邪鬼な頭」ということになる。

◆発想は集中からは生まれない

一点を見つめるような集中はかえって逆効果であり、
常に辺りを見回すような「分散思考」の有用さがわかってくる。

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