禅、シンプル生活のすすめ

禅、シンプル生活のすすめ (枡野 俊明)

曹洞宗徳雄山建功寺住職、庭園デザイナー、
多摩美術大学環境デザイン学科教授、
ブリティッシュ・コロンビア大学特別教授。
玉川大学農学部卒業後、大本山總持寺で修行した
枡野 俊明さんの著書です。

一日ひとつ、すぐにできる、
心の洗い方!

変化に「気づく」
すべては、この「気づき」から始まる…

息をゆっくりと吐いてみる…

脱いだ靴を揃える…
すると、生き方が美しくなる!

・ひとの時間をもつ
・いらないものを捨てる
・人に尽くす
・起こっていないことで悩まない
・前向きに受けとめる
・平凡な1日にこそ、感謝する

仕事に追われ、時間に追われ、生活に追われる日々。

そんな毎日にどっぷり浸かっていると、
知らず知らずのうちに、本当の自分や、
本当の幸福が見えなくなってしまう。

1日のうちで、たった10分でもかまわない。

何も考えずに「ボーッ」とする時間をつくってみる。

周りのものにとらわれることなく、
ただボーッとしてみる。

いろんなことが頭に浮かんできても、
それらをどんどん頭の外へ流してみる。

そうすると、移ろいでゆく大自然のなかに今、
自分が生かされていることに気がつく。

何事にもとらわれない、
純粋で素直な自分が顔を出す。

何も考えない時間…
それこそがシンプルな生活の第一歩である。

目次

第1章「今日のあなた」を元気にする30項 「習慣」をちょっと変えてみる
(ボーッとする時間をもつ/十五分、早起きしてみる/朝の空気をしっかり味わう ほか)

第2章 生きる「自信」と「勇気」が湧く30項 ものの「見方」を変えてみる
(「もうひとりの自分」に気づく/起こっていないことで悩まない/仕事を楽しむ ほか)

第3章 迷い・悩みに「答え」をくれる20項 人との「関わり方」を変えてみる
(人に尽くす/三毒を捨てる/「おかげさま」の気持ちを持つ/相手の長所に目を向ける ほか)

第4章 どんな日も「最高の一日」にする20項 「今」「この瞬間」を変えてみる
(「今」を生きる/平凡な一日にこそ、感謝する/「守られている」ことを意識する ほか)

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MEMO

◆裸足で生活してみる

外に出かけるときは草履(ぞうり)か下駄がよい。

足の親指と人差し指の間には、
内蔵や脳に関するツボが密集している。

草履や下駄を履けば、
鼻緒がそのツボを刺激するので、
歩きながらマッサージをしている
ような状態になる。

家の中では裸足、
出かけるときは草履や下駄
を試してみてはどうか。

◆坐禅を組む

坐禅とは、まず姿勢を整え、
次に呼吸を整え、最後に
心を整えること。

この3つが整ってはじめて坐禅となる。

◆「必要なムダ」もある

通勤時間も「必要なムダ」と考える。

「プライベートの自分」と
「仕事の自分」のスイッチを切り替える
“ムダだけど必要な時間”である。

◆白雲自ずから去来す

夏の暑い日差しを受けながら畑仕事をしている。

太陽を遮る(さえぎる)雲もなく、その暑さにじっと耐える。

ふと空を見上げると、
遠くのほうには白い雲が浮かんでいる。

「ああ、あの雲の下に行けばきっと涼しいだろうな。
早くあの雲がこっちに来ないかな」と期待し、
雲が来るまで仕事をやめてしまおうかと考える。

しかし実際には、
雲は自分のところには来ないかもしれない。

仕事を休んでいるうちに日が暮れてしまうかもしれない。

雲が近づいてくるのを待つのではなく、
「今」すべきことにひたすら取り組む。

暑さを忘れるほどに一生懸命に仕事をする。

そして気がつけば、知らぬ間に雲が涼を運んでくれる。

ここでいう「雲」とは、
「運」や「チャンス」のことである。

運に恵まれている他人を羨んでも仕方がない。

チャンスが来ないと嘆いていても仕方がない。

ただ一生懸命に今やるべきことをやる。

そうすれば、運は必ず巡ってくる。

◆起こっていないことで悩まない

心のなかにある「不安」というものは、
実は実体のないものである。

実体がないものを恐れ、
それに執着している。

それがいかに空虚なものか。

起こっていないことで悩む必要はない。

今起こっていることだけ考えればいい。

「不安」のほとんどは、
あなたの心が勝手に作り出しているもの。

不安に実体などない。

◆無念無想(むねんむそう)

これは一言でいえば「無心」。

心を空っぽにして、
心をどこにも置かないことである。

あれこれ余計なことを考えず、
今やるべきことに気持ちを集中させる。

そうすることで人間は、
素晴らしい力を発揮することができる。

仕事に集中していると思っていても、
「休憩まであと何分だろう」とか
「この仕事つまらないな」
などと考えたりしていることは多いもの。

逆に、休日に遊んでいても仕事のことが
頭をよぎったりする。

目の前のことに、
ただ没頭してみる。

すると、驚くほとのパワーが生まれる。

◆人と比べない

人はつい他人と比較してしまう。

隣の人の職業が羨ましく思えたりする。

才能ある人を見て、落ち込んだりする。

でも、最終的には自分の身の丈に合ったことの
繰り返しが幸福につながっていくものである。

◆アイデアが隠れている場所!

仕事などでアイデアを出そうとするとき、
誰もが必死になって捻り出そうとする。

一瞬たりとも考えることをやめず、
ひたすら考え続ける。

でも、いいアイデアを生み出したいなら、
それは逆効果である。

アイデアや閃きというものは、
実は心の「間」にあり、
思考と思考の狭間(はざま)に存在している。

その思考の狭間に心を誘うために、
何も考えない時間を大切にする。

◆一行三昧(いちぎょうざんまい)

ただひとつのことに邁進する。

あれもこれもと手を広げず、
ひとつのことに心を集中させる。

そうすれば、充実感や満足感が味わえる。

◆早寝早起きの習慣

朝4時起床、夜は9時就寝、
睡眠時間は7時間確保することを習慣にする。

◆自分の頭で考える

「知識」と「知恵」。

この2つは似て非なるものである。

学校で教わったり、自分で学んだりして
記憶にとどめたものが「知識」。

一方の「知恵」とは、
「知識」を実際の物事に活かす方法を知ること。

幸せに生きていくためには、
知識も知恵もどちらも大事。

どちらかにかたよってもいけない。

バランスよく磨いていく。

周りに情報が溢れている現代では、
自分の頭で考えることをおろそかにしてしまいがち。

ともすると頭のなかが「知識」でいっぱいになってしまう。

でも、自分の生き方は、
自分自身で決めるもの。

「生き方」のサンプルはさくたん知っていても、
「自分がどう生きるか」を決めるのは、
知恵あればこそ。

よく見ること。よく感じること。

そして、自分の頭で考えることが大切。

◆自分を信じる

どんな人にも、必ず可能性が秘められている。

可能性のない人などいない。

要はその可能性をどう引き出すかということである。

今行き詰っている人、
あるいは自信をなくしている人。

もしもそういう人がいるのなら、
もっと自分自身を信じてあげること。

あなたの能力はまだまだ十分に発揮されていない。

もっと能力を引き出す努力をすれば、
きっと道は開けてくる。

あなたの持っている可能性を信じる。

人生とはすべてがうまくいくものではない。

努力が報われないこともある。

それでも前を向いて頑張ってみる。

前に進むことを恐れない。

◆人に尽くす

この世の物事が常に変わらないものだと
考えるところから、迷いや苦しみは始まる。

自分や自分が持っているモノ、
あるいは自分を取り巻く人はすべて変わることはないと考える。

また、変わらないことを無意識のうちに期待していたりもする。

だからこそ、その期待が裏切らときに、
人は悩み苦しむ。

すべての物事は互いに影響し合っている。

たとえば自分が幸せになりたいと思うなら、
周りの人たちも幸せでなければならない。

そのために他人に尽くすことが、
自らの幸福につながっていく。

自分の考えに固執しない。

執着しない。

そして、人の幸せのために尽くす。

この考えを心にとめておくことで、
ずっと心地よく生きられる。

◆「三毒」を捨てる(欲望・怒り・道徳教養)

「三毒」とは、「貪・瞋・癡(とん・じん・ち)」の3つ。

まず「貪」とは貪(むさぼ)りの心である。

何でも欲しがり、ひとつ手に入れてもなお欲望が尽きない心。

「瞋」というのは怒りの感情。

ちょっとしたことで怒りを覚え、
それを表に出したり、誰かにぶつけたりする。

「癡」とはおろかさのこと。

常識や道徳を知らず、教養が欠けている状態。

この「三毒」に支配されている限り、
人間は安寧(あんねい)な生活を営むことができない。

逆に言えば、
この3つの煩悩を捨てることができれば、
自由で幸せな生き方ができる。

この「三毒」がちょっと顔を出したときは、
呼吸を整え心をおちつかせてみる。

そうすれば三毒は頭までのぼってこない。

◆「おかげさま」の気持ちをもつ

「おはようございます」というのは、
「今日もお早いですね。お互いに1日無事で、
頑張っていきましょうね」という気持ちが込められた挨拶。

「いただきます」というのは、
食べるモノに対する感謝の気持ち。

そして、その食べ物を育ててくれた人に対する感謝。

魚にせよ野菜にせよ、それは命あるもの。

私たちはそれらの命をいただくことで
生きていくことができる。

なんともありがいこと。

「いただきます」という一言には、
そんな思いがつまっている。

◆相手の長所に目を向ける

庭にいくつかの樹木を植えるとする。

それらはただ植えればよいというのではなく、
それぞれの木々の一番よい形を見出してあげる。

この1本の木はどういう雰囲気をもっているのか。

この木が最も見栄えよくなるには、
どの位置にどのような向きで植えてあげればいいのか。

つまりは一本一本の木の個性をしっかりと見つめ、
それを十分に引き出してあげること。

「木心を汲む」ことで美しい調和が生まれる。

人と人の関係も同じである。

自分の個性も相手の個性も、
まるごと認めて一緒に過ごす。

決して相手に合わせるのではないけれど、
相手の長所に目を向けることで、
豊かな関係が生まれる。

◆皆んなに好かれる必要はない

「この人とはうまくやっていこう」
「この人とは仲よくなろう」。

そんなことを考える必要はない。

うまくやることに執着し、
仲良くしなければと自分を縛っていまう。

嫌われたくないという気持ちばかりが
先走ってしまう。

だから、人間関係のストレスが生じてくる。

とらわれない、かたよらない、こだわらない。

つまらない執着を断ち切って、
悠々と生きる。

あえて嫌われる必要はないけれど、
同じようにあえて好かれなくてもかまわない。

そんな気持ちを持つ。

今、アドラーの「嫌われる勇気」がベストセラー
になっている。

この本が売れているのも、
「あえて好かれなくともかまわない」
「皆んなから好かれなくてもよい」
ということに気づいたからではないか。

◆好き嫌いで悩まない(悟無好悪)

「部下のせいで」とか
「あの上司さえいなければ」とか、
とかく人間関係は悩ましい。

最初からつき合わなければいいのだが、
仕事などではそうもいかない。

人間関係の悩み。

これは、永遠のテーマである。

憎しみも親しみも、
実はまったく同じものである。

では、その正体は何か?

すばり「あなたの心」である。

好きか嫌いかは、
全部自分の心が決めている。

あるがままを見られるようになったら、
好きも嫌いもなくなる。

◆苦手意識を解消するには

どうしても苦手意識をもってしまう。

相手に悪気はないのに、
その人の言葉や行動が無性に気になる。

なぜ、そのような「苦手意識」をもつ人がいるのか。

初対面の人を見て、
「ああ、感じがよさそうな人だな」
「自分と気が合いそうな人だな」と感じる。

これが「意識」の「意」の部分である。

それでは「識」とは何か?

それは、相手を分別することである。

「この人は自分の仕事の役に立つかもしれないな」とか
「この人と一緒にいても何の得にもならないだろう」と、
自分のなかで勝手に分別する。

分別してしまうからこそ、
苦手意識が生まれる。

100人いれば百通りの考え方や価値観があるのは当たり前。

役に立つか立たないかという
「損得感情」で分けるのではなく、
ウマが合うか合わないかくらいの「感覚」にとどめておく。

そうすれば、人間関係の悩みはぐんと軽くなる。

◆「今」を生きる

人間は「今」「この瞬間」のみを生きている。

だから、「この一瞬」を生きることのにみ心を尽くす。

「三世に生きる」という言葉がある。

三世とは過去・現在・未来のこと。

たとえば1回呼吸をする。

息を吸って、吐く。

確かに吸っている瞬間は現在だが、
その息を吐いてしまえば、
それはすでに過去になっている。

嫌なことがあって落ち込んでいる自分も、
目の前でパシッと手をたたいてみれば、
その次の瞬間は、元気でやる気に満ちた
自分に生まれ変わっている。

大切なのは今日という
「この日」「この時間」「この瞬間」である。

◆平凡な1日にこそ、感謝する

今日も何もなく平凡な1日を過ごせること。

呼吸をして、仕事をして、
眠ることができること。

一見平凡で、当たり前のことこそ、
実は何よりもすごいことだったりする。

ただ淡々と毎日を過ごせることの幸せ、
幸せは、すぐ近くにある。

◆知足

足るを知る。今あるものに満足する気持ちのことである。

人間の欲望は果てしない。

一を手にいれれば十が欲しくなる。

十を手にすれば百を求めるようになる。

不必要なものだとわかっていても、
欲しいという気持ちを抑えることができない。

この渦に飲み込まれたら、
満足感を味わうことができない。

必要なものを手に入れたいと思う。

それは決して醜い欲望ではない。

ただし、必要最低限のものを手にしたときには、
「おお、これで私は十分だ」と思うこと。

そしてそれ以上の不要なものは求めない。

これが「知足」という考え方で、
そこにこそ穏やかで平和な心が宿っている。

自分が満たされていると思うことで、
苦しみは少なくなる。

◆貯めようとするほど、お金は逃げていく

お金を求めること自体は悪いことではないけれど、
決してお金に縛られてはいけない。

不思議なものでお金とは、
執着すればするほど逃げていく。

お金のことを考えるのではなく、
今自分がやるべきことだけを考える。

どうすれば社会に貢献できるのか。

自分は何をすれば世の中の役に立つのか。

それをしっかり考えて行動していれば、
必要なお金は世の中を巡りめぐって、
自分のもとにやってくる。

◆1日、1日を大事に生きる

私たちは生かされている。

だからこそ、命をムダにしてはいけない。

本来の自分の素直な心で見つめ、
自分が思ったときに、
自分のやりたいことを必死である。

自分らしくなく過ごした時間は、空っぽである。

◆命は大切な「預かりもの」

定められた命。

人にはそれぞれに定命(じょうみょう)がある。

生まれ落ちたその瞬間から、
その人間は一生の長さが決められている。

でも、その長さは自分も家族も誰も分からない。

生きるというのは、
「預かりもの」の命を大事に使うことである。

命は決して自分の所有物ではなく、
大切な大切な預かりもの。

そして、寿命がくれば、
その命を大切に大切にお返しする。

命を長く預かる人もいれば、
十数年という短い時間だけという人もいる。

しかし、[命の価値]=[時間の長さ]ではない。

大切なのは、自分に与えられた命を
「いかに使うか」である。

今日1日、あなたは命をどのように使いますか。

◆どう生きるかに迷ったら

人はこの世に生を受けて、
そして死んでいく。

それはまさに表裏一体のもの。

半年後に自分の命が終わると言われれば、
その半年間にやっておきたいことを必死で考える。

それがもし、1ヶ月になったら?

1週間になったら?

明日、命が尽きることになったら?

きっと、今、この瞬間にやるべきことが
自ずと見えてくる。

今日1日をムダにできないと思うはず。

人生は、あっという間。

本当にあっという間である。

何かを得たいとか、
何かのために頑張るとか、
向かう方向が見えていない時間というのは
ムダな時間と感じるもの。

あなたに与えられた「あっという間」の時間を、
ムダに過ごさないこと。

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