嫌われる勇気(アドラーの教え)- その2

人は常に「変わらない」という決心をしている

アドラー心理学では、性格や気質のことを「ライフスタイル」という言葉で説明している。その人が「世界」をどう見ているか。また「自分」のことをどう見ているか。これらの「意味づけのあり方」を集約させた概念が、ライフスタイルである。狭義的には「性格」とすることもできる。広義的には「世界観」や「人生観」を含んだ意味にもなる。

「わたしは悲観的な性格だ」と思い悩んでいる人は…「わたしは悲観的な”世界観”を持っている」と言い換えてみる。問題は自分の性格ではなく、自分の持っている世界観なのだと考える。性格という言葉には、変えられないものだというニュアンスがある。しかし、世界観であれば変容させていくことも可能である。

ライフスタイルとは「生き方」とか「人生のあり方」という意味である。アドラー心理学では、ライフスタイルは自ら選び取るものと考える。ライフスタイルが先天的に与えられたものではなく、自ら選んだものであるなら、再び自分で選びなおすことも可能である。

問題は過去ではなく、現在の「ここ」にある。これまで通りのライフスタイルを選び続けることも、新しいライフスタイルを選びなおすことも、すべてはあなたの一存にかかっている。あなたが変われないのではない。人はいつでも、どんな環境に置かれていても変われる。あなたが変われないでいるのは、自らに対して「変わらない」という決心を下しているからである。

ライフスタイルを変えようとするとき、我々は大きな「勇気」を試される。変わることで生まれる「不安」と、変わらないことでつきまとう「不満」。アドラー心理学は、「勇気の心理学」である。あなたが不幸なのは、過去や環境のせいではない。まして能力が足りないのでもない。あなたには、ただ、「勇気」が足りない。「幸せになる勇気」が足りていないのである。


なぜ自分のことが嫌いなのか

短所ばかりが目についてしまうのは、あなたが「自分を好きにならないでおこう」と決心しているからである。自分を好きにならないという目的を達成するために、長所を見ないで短所だけに注目している。なぜ短所ばかり見つめ、自分を好きにならないでおこうとしているのか?それはあなたが他者から嫌われ、対人関係のなかで傷つくことを過剰に怖れているからである。

あなたは他者から否定されることを怖れている。誰かから小馬鹿にされ、拒絶され、心に深い傷を負うことを怖れている。そんな事態に巻き込まれるくらいなら、最初から誰とも関わりを持たないほうがましだと思っている。あなたの「目的」は、「他者との関係のなかで傷つかないこと」なのである。

その「目的」をかなえるのは簡単である。自分の短所を見つけ、自分のことを嫌いになり、対人関係に踏み出さない人間になってしまえばいい。対人関係に踏み出せば大なり小なり傷つくものだし、あなたも他の誰かを傷つけている。「悩みを消し去るには、宇宙のなかにただひとりで生きるしかない」のだ。しかし、そんなことはできない。


すべての悩みは「対人関係」である

孤独を感じるのは、あなたがひとりだからではない。あなたを取り巻く他者、社会、共同体があり、そこから疎外されていると実感するからこそ、孤独なのである。我々は孤独を感じるにも、他者を必要とする。すなわち人は、社会的な文脈においてのみ、「個人」になる。

「人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである」。これはアドラー心理学の根底に流れる概念である。もし、この世界から対人関係がなくなってしまえば、それこそ宇宙のなかにただひとりで、他者がいなくなってしまえば、あらゆる悩みも消え去ってしまう。人間はその本質において、他者の存在を前提にしている。他者から切り離されて生きることなど、原理的にありえない。

個人だけで完結する悩み、いわゆる内面の悩みなどというものは存在しない。どんな種類の悩みであれ、そこには必ず他者の影が介在している。

その3へ続く…

book86

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