中高年ブラック派遣 人材派遣業界の闇 by 中沢 彰吾
中沢 彰吾
1956年生まれ。
ノンフィクションライター。
東京大学卒業後、1980年毎日放送(MBS)に入社し、アナウンサー、記者として勤務。
2006年、身内の介護のために退社した後は、著述業に転身…
年収3000万円の人材派遣会社の20代社員が、
自分の親世代の中高年を時給数百円の日雇い派遣で酷使。
労働者をモノ扱いする政府・厚労省の欺瞞を暴く…
塩素ガスがたちこめる密室で
6時間にわたって「イチゴのへた取り」…
倉庫内で1日中カッターナイフをふるう
「ダンボール箱の解体」…
いったい、これのどこが
「労働者にとって有益な雇用形態」
「特別なスキルを活かした熟練労働」なのか?
この問題が根深いのは、
経費削減や税金の無駄遣いの防止、
法律遵守や公共の福祉への貢献を求められる
多くの団体、企業が、
事業入札に安値で臨む人材派遣会社を
「歓迎」していることである。
世間から真っ当と見られている団体、
企業がこぞって人材派遣会社の繁栄を
支援している。
歪んだ労働市場に寄生し、
中高年を低賃金の奴隷労働で酷使し、
ピンはねで肥え太る人材派遣…
彼らの増殖と繁栄は底辺の労働者の
さらなる困窮と表裏一体であり、
日本社会の創造的な活力を削いでいる…
目次
- はじめに――奴隷派遣の現場
- 第1章 人材派遣という名の「人間キャッチボール」
――「いい年して、どうして人並みのことができないんだ!?」
迷走する労働行政/元祖はドヤ街の手配師/政府・財界による労働者の流動化政策/派遣はエレベータ使用禁止/監禁労働のタコ部屋/悪意の果ての無駄/人材派遣会社のシステム/派遣労働者は保護されているか/派遣労働者使い捨ての「待機」/人材派遣会社・社員の異常な高収入/求人サイトの矜持と責任/近年稀に見る悪法/中高年が職に就けない現実/「年齢制限なし」の「裏メッセージ」/「三種の辛技」/労働基準法に刃向う労働者派遣法 ほか - 第2章 人材派遣が生んだ奴隷労働の職場
――ノロウイルス感染者に「大丈夫ですから勤務に行って」
極限まで単純化された派遣労働/巨大ダンボール箱と格闘した中高年の「善意」/人材派遣の定番「ピッキング」で実はトラブル続出/カゴテナーと接触して負傷/出勤確認連絡/マニュアルによる効率化は本当か/未登録でも派遣する人材派遣会社がある/現代の派遣切り「お父さん、酒臭いよ」/中高年は美術品が似合わない?/二重帳簿ならぬ二重マニュアル/人材派遣会社の女性社員が必死なワケ ほか - 第3章 人材派遣の危険な落とし穴
――「もう来るなよ。てめえみてえなじじい、いらねえから」
人材派遣が急拡大した本当のワケ/官公庁と自治体、外郭団体でも非正規労働が拡大/時給2000円が900円に/研修日当なし、交通費なし、最低賃金以下/人材派遣の安値受注が生んだトラブル/人材を集められない人材派遣会社/恐怖をふりまく正規社員たち/事件の現場は巨大モール/奴隷派遣は本当にお得なのか?/無責任体質/カタカナ肩書き乱発のハレーション/除夜の鐘が鳴る頃、てんやわんやの大騒ぎ/企業の稼ぐ力を削ぐ無責任人事 ほか - 第4章 悪質な人材派遣会社を一掃せよ
――「二度と仕事紹介してもらえないよ。かわいそう」
拡大する一方の非正規労働者/週5日終夜勤務/従順な派遣労働者/人材派遣を推進する識者たち/重要な情報をネグレクト/欠けている労働者保護の視点/人材派遣と景気浮揚/欧米先進国比較 ほか - おわりに――すぐにできる改善策の提案
MEMO
◆日本の労働環境の歪み
今の日本と欧米先進国(米国、ドイツ、フランス等)の
労働環境を比較すると、日本の労働環境があまりにも歪んでいることに驚く。
動労者よりも企業が有利になっているこの歪んだ状態を
早急に改善しないと取り返しのつかないことになる。
まずは早急に「同一労働・同一賃金」の制度を導入すべきである。
◆日本にスウェーデン流を持ち込んだイケア・ジャパン
スウェーデンに本社のある
日本法人イケア・ジャパンは、
それまで日本的な慣行で雇っていた
2400人のパート労働者を短期間勤務の正社員に切り替えた。
イケア・ジャパンの社長は次のように語っている。
「正社員だろうがパート社員だろうが区別せずに、
従業員一人ひとりの才能を平等に引き出す環境を作りたかった。
従業員に聞くと、パート社員は『私はパートだからここまでしかできない』
などと、自ら仕事にブレーキをかけていることがわかった。
これを取り払えば、
従業員が最大限のパフォーマンスを出せる組織に変わると考えた。
社員は1週間の勤務時間を12~24時間、25~38時間、39時間の3つから選べる。
ポストや仕事の内容が同じなら、短時間勤務でもフルタイムと同じ時間換算の
賃金を払う。
同一労働・同一賃金の考え方で、貢献度次第で昇格や昇給もする。」
労働者の人間性や生活に配慮しつつ、能力を最大限に引き出そうとする意欲的に姿勢だ。
自分の会社の従業員や派遣労働者を大事にしない会社はいずれ市場から去る運命にある。
なぜ、現在の日本企業がイケア・ジャパンを見習うことができないのか。
残念でならない。
◆人材派遣を活用するのは、
派遣スタッフの奴隷制、
使い捨てに魅力があるからである。
この要素は人材派遣の本来の特徴でもある。
◆正規雇用で求める人材とは?
男性は30歳以上、女性は25歳あたりから難しくなっている。
彼らはそのあたりの階層を狙っている。
中高年は蚊帳の外だ。
中高年が採用してもらえるのは、
キャリアを問わず時給1000円以下の
単純労働現場に「ひと山いくら」で労働者を送り出す違法派遣のみである。
◆人材派遣会社最大手が求める人材とは?
彼らの求める人材とはどういうものか、
それは求人内容を見れば一目瞭然だ。
若くて将来性があり、
IT技術や各種国家資格、
通訳並の語学力等の高度なスキルを元々持った、
本来なら正規雇用でも十分通用する人材でなければならない。
◆人材派遣会社の手口
研修で都心に呼びつける本当の理由は、
当日の欠席者をなくすためである。
派遣労働者はモラルが低いから、
放っておくと当日朝の気分次第で簡単にサボる。
人材派遣会社側は、派遣当日に連絡もなく欠席されて
運営が滞るのが一番怖い。
派遣労働者は貧乏でせこいから、
研修に来た人はその分の時間を
無駄にしたくないので派遣当日も必ず来る。
研修日当を別立てで支給すると、
それで満足して当日欠席する人が必ずでる。
だから別立てにしない。
出勤の確約を取るにはこれが
一番手堅いのである。
◆非正規公務員が拡大
税収不足に悩む地方自治体は、
図書館司書や役所の各窓口、
公立学校の教職員、カウンセラー、
消費生活相談員、博物館や大ホールの運営スタッフなどが
続々と外部の民間業者に委託され、
同時に人材派遣会社が低賃金労働者を
送り込む仕組みができあがった。
そして、2012年の時点で
地方公務員のうち3分の1以上が非正規公務員になった。
正規公務員と同じ仕事をしても手取り14万円程度と
賃金は最低レベルで自立した生活ができない上、
常に雇い止めの危機にさらされている。
DV被害者などを救済する婦人相談員も多くは非正規だ。
生活保護世帯のめんどうを見るケースワーカーの非正規。
月収は週35時間労働で額面14万円程度とされている。
ハローワークの労働相談員は、
3人に2人は非正規という皮肉な状況が生まれた。
任期制のため年度末に雇い止めになった瞬間、
数千人の相談員がカウンターの反対側に移って
求職相談をするという笑えない状態になった。
◆若者が人生の先輩を監督
現代日本の派遣労働では、
社会経験に乏しい若者たちが、
人生の先輩を「監督」し「酷使」する
「逆転の構図」が当たり前になった。
◆人材派遣会社のピンはね率
派遣法は労働基準法に刃向かう形で労働者を便利に扱い
解雇しやすくしているのだから、
厚労省の官僚がいかに優秀でも整合させるのは難しい。
派遣労働法の雇用劣化を一応認識している厚労省は
数度の派遣法改正に加えて、
人材派遣の要であるマージン率(ピンはね率)の公開を義務づけた。
これによってかつては1部で50%にも達していた
ピンはね率は30%程度に抑えられた。
◆中高年の三種の辛技
時給900円、850円といった低賃金で交通費なし。
職種は警備、清掃、介護ばかり。
3つとも中高年がすんなり採用される職種の
代表格で、「三種の辛技」と呼ばれている。
時給900円で1日8時間働くと日給7200円、
これが1ヶ月20日間で月給は144,000円。
交通費が1日1000円かかるとして
手取りは124,000円。
さらに社会保険等が引かれたら
10万円を切ってしまうだろう。
これが中高年の現実である。
◆公的企業の求人では中高年の応募者も面接する、でも…
採用担当者はアリバイ作りのために
あえて中高年の応募者も選考する。
でも、中高年の応募者は最初から雇う気などない。
年齢を基準にして選考すれば雇用対策法違反になるし、
面接を実施せずに若い人だけを採用すれば、
上司や同僚から怠慢と言われかねない。
だから、表向きは合法的に選考しているように
見えるように、中高年に対しても面接などは行うのである。
中高年は面接に呼ばれても、
自分はダミーだと疑ったほうがよい。
◆求人広告の裏メッセージを読む!
求人広告では年齢制限の文言はまったく見当たらない。
だが、採用選考の現場は本音で行われる。
需要が多いのに総数が減りつつある若年労働者に対しては、
求人側も気を使うが、
「運動能力が劣化している中高年」は市場にあふれている。
ちなみに、求人広告に年齢や性別の制限は明記されていないが、
「裏メッセージ」がある。
たとえば、「20代、30代の女性が活躍中」とあれば、
若い女性以外は採用する気がないという意味だ。
「元気な学生さんが多数います」は、
声の大きな体育系の学生を求めていると読む。
「大勢の仲間ができます」とあれば、
「協調性に乏しく内気な人は来ないで」という意味。
このように、広告の裏を読むことが必要になる。
◆中高年が働けない現実
2010年頃までは人材派遣会社に
食い物にされた犠牲者は20代、30代の若者労働者が多かった。
だが、2016年の今は違う。
2000万人を超える非正規労働者のうち、
6割以上が40代以上の中高年だ。
多くの中高年の人々が本業の低賃金や、
すずめの涙ほどの年金にため息をつきながら、
暇をみつけて派遣労働に通っている。
背景には中高年の
「まともな働き口を見つけにくい」という事情がある。
今や、中高年が定職にありつくのは至難の業だ。
正規社員としての再就職は女性が30歳、
男性は35歳が限度で、
さらに低年齢化が進んでいる。
男女共に40代以上は直接雇用など絶望的ということだ。
◆リクルートの社会的責任
雑誌AREAによれば…
政府の再チャレンジ政策で
若者向けハローワーク「ジョブカフェ」運営の
再委託を受けたリクルートは、
プロジェクト・マネジャーの日給を12万円、
事務スタッフには日給5万円を計上したという。
単なる事務スタッフならリクルートのフロムエーに
掲載されている人材派遣会社の時給900円の
派遣労働者で十分なはずである。
事務職に日給5万円が妥当というなら、
フロムエーに低賃金で求人広告を出している
人材派遣会社に是正を呼びかけるべきである。
◆求人サイトの問題
人材派遣の仕事への入り口は、
リクルート系の「フロムエーナビ」や
「バイトル・ドットコム」といったインターネットの
求人サイトにたくさんだされている求人広告である場合が多い。
働きたい職種があればその情報を詳しく載せているサイトに移動して、
求人情報を出している人材派遣会社にネット経由で申し込む。
選考に通れば派遣会社へ出向いて登録手続きをする。
問題は「フロムエーナビ」「バイトル・ドットコム」などの
求人サイトが、広告主をまともにチェックしていないことである。
広告主である人材派遣会社に明白な
違法行為があったとしても、
そうした会社と労働者を結びつけたネット求人サイト(業者)が、
労働者に謝罪や損害の保障をすることはいっさいない。
◆派遣労働者=人間型マシン
日本の人材派遣業界は、
労働者を知性や心を持った「人間」ではなく、
「ロボットより低コストで需要の増減に即座に対応できる画一的人間型マシン」
と位置づけ、
社員に監視させて指示通りに働かせる。
それ以外の動作は許容しない。
現場に投入してみて、
働きがほかのマシンより鈍かったり、
ほかのマシンと摩擦を引き起こしたり、
マニュアル外の動作をしたら
直ちに取り替えればよい。
派遣期間中の契約終了とその後の雇い止めは
無造作に行われている。
◆ロボットより派遣労働者を使ったほうが儲かる
産業用ロボットなら簡単にできそうな組み立てなどは、
高価なロボットをセットするより、
簡単に調達できる時給900円の中高年をこき使ったほうが儲かるのである。
そしてこの派遣の勤務時間(17:00~22:00)がみそだ。
昼間、別の仕事を持っている人でも17時始業なら何とか間に合う。
当日に行けるとわかってから申し込むことも可能。
立ちっぱなしだが5時間なら何とか耐えられる。
22時終了だから駅まで30分でも電車で帰宅できる。
経済的に困窮する労働者の足元を見て、
低賃金で悪条件ながらかなり遠方からでも人を集めやすくする勤務設定。
人材派遣会社がクライアント企業に「効率化」と「低賃金」を提案する中で
生み出した究極のスキームである。
◆第3世代の人材派遣
現在の人材派遣業界を「第3世代の人材派遣」と呼ぶことにする。
状況はグッドウィルが消滅した6年前に戻ったのではなく
もっと悪くなった。
原因は安易な規制緩和とともに、
民間企業や政府自治体を含む団体の多くが
経費削減目的で社員(職員)の削減、
事業のアウトソーシング(外注)を
進めたからである。
◆労働者カースト
経団連はある画期的な発表をした。
「労働者カースト」とも呼ぶべき
労働者を階層で分類するという方針である。
幹部候補生と専門技術者を別格の正規社員と定め、
その他は企業の都合次第で便利に使える
非正規動労者とする。
こうした財界の要望を受けて改正が行われた。
これにより派遣できない業務を定め、
それ以外はすべて可能と定めた。
◆人材派遣と雇用形態
人材派遣の雇用形態は、
「特定労働者派遣」と「一般労働者派遣」とに
大別される。
特定労働者派遣とは人材派遣会社が
常勤の労働者を抱え、
派遣先の要請に応じて労働者を一定期間、
派遣する制度。
労働者には仕事の多寡にかかわらず
フルタイムの正社員に準じた収入が保障される。
したがって人材派遣会社は派遣の仕事を見つけて
こなければ持ち出しになり儲からない。
労働者が保護される仕組みだ。
一方、一般派遣では労働者は
人材派遣会社に登録し、
仕事があるときだけ派遣先に
送られて働いた分だけ賃金が発生する。
仕事がなければその間の賃金はずっとゼロ。
開業するためには厚生労働省の許可が必要だ。
一般派遣の労働者は派遣先の会社とは
雇用関係にないが、
派遣先の社員から労働内容について指示・監督を受ける。
一般派遣のうち労働時間が30日に満たない短期派遣を
「日雇い派遣」と呼ぶ。
日雇い派遣は派遣先のニーズが高く、
こちらをメイン業務にする人材派遣会社が多いが、
ほとんどが「単発派遣」「スポット派遣」と言い替えている。
人材派遣で規制緩和を実行した結果、
労働者の賃金低下、待遇悪化、貧困化等の
弊害が起きている。
◆人材派遣会社の派遣先とは?
派遣会社の顧客リストには驚くほかない。
最高裁判所、法務省、厚生労働省、
国土交通省、財務省、文部科学省等の中央官庁。
全国の地方自治体が運営する美術館、大ホール、
運動場などの公共施設。
なんと地方公務員の3分の1以上が
非正規公務員である。
そして、ハローワークの相談員の
3人に2人が非正規である。
民間では、大手マスコミ、大手通信会社、
大手金融機関、大手小売、大手製造…
世間から真っ当と見られている団体、企業が
こぞって人材派遣会社の繁栄を支援している。
歪んだ労働市場に寄生し、
中高年を低賃金の奴隷労働で酷使し、
ピンはねで肥える太る人材派遣…
人材派遣会社の社員は25歳で
年収3000万円を豪語する。
◆人材派遣会社のターゲットとは?
人材派遣会社は法律など眼中になく、
日雇い派遣を拡大させるとともに
賃金や待遇を悪化させている。
彼らのターゲットは今や若者ではない、
日々増加する働き口に恵まれない
中高年が利用されている。
◆奴隷派遣が広まっている!
人材派遣会社と、
それに密接につながる企業相手の人減らし
コンサルタント、インターネット職業紹介企業の
3社が協力して編み出した違法なシステム
「奴隷派遣」が日本社会に広まっている。
◆人材派遣会社と不満分子に対する対応
人材派遣会社は労働者集団がおとなしければこそ、
好き勝手に搾取して利益を上げられる。
このため、一人の労働者の反発がまわりに伝染して
多くが反抗的になることを彼らはもっとも恐れる。
だから不満分子を見つけたら早めに排除する。
そこに遠慮やためらいはない。