身銭を切れ

身銭を切れ 「リスクを生きる」人だけが知っている人生の本質 by ナシーム・ニコラス・タレブ

ナシーム・ニコラス・タレブ(Nassim Nicholas Taleb)

文筆家、トレーダー、大学教授および研究者という三つの顔を持つ、現代の急進的な哲学者。
生涯を通じて、運、不確実性、確率、知識の問題に身を捧げており、主な研究テーマは「不透明性のもとでの意思決定」、つまり人間にとって理解不能な世界で生きていくための地図やルールについて考えること。
レバノンでギリシア正教の一家に生まれ、ウォートン・スクールでMBAを、パリ大学で博士号を取得。
現在、ニューヨーク大学タンドン・スクール・オブ・エンジニアリングでリスク工学の教授を務める。

魂を捧げた先にしか、価値ある「生」はない。

不確実で予測不可能な世界で私たちがとるべき「生き方」とは…

目次

第1部 「身銭を切る」とは何か

第2部 エージェンシー問題入門編
第1章 自分で捕まえた亀は自分で食べよ

第3部 例のこの上ない非対称性
第2章 もっとも不寛容な者が勝つ

第4部 犬に紛れたオオカミ
第3章 合法的に他人を支配するには
第4章 人に身銭を切らせる

第5部 生きるとはある種のリスクを冒すこと
第5章 シミュレーション装置のなかの人生
第6章 知的バカ
第7章 身銭を切ることと格差の関係
第8章 リンディという名の専門家

第6部 エージェンシー問題実践編
第9章 外科医は外科医っぽくないほうがいい
第10章 毒を盛られるのはいつだって金持ち
第11章 不言実行
第12章 事実は正しいが、ニュースはフェイク
第13章 善の商品化
第14章 血もインクもない平和

第7部 宗教、信仰、そして身銭を切る
第15章 宗教を語るヤツは宗教をわかっていない
第16章 身銭を切らずして信仰なし
第17章 ローマ教皇は無神論者か?

第8部 リスクと合理性
第18章 合理性について合理的に考える
第19章 リスク・テイクのロジック

身銭を切れ

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MEMO

身銭を切れ

◆傷跡は身銭を切っていることを示す
一種のシグナルである。

人々にはフロント・オフィスと
バック・オフィスの人間を見分ける能力がある。

ドナルド・トランプには、
目に見える欠陥があった。

彼は本物だった。

日頃からリスクを冒している一般大衆は、
口先だけの人間ではなく、
いつだって手にアイスピックを突き刺して
血を流した人間のほうに票を入れる。

成功した人間よりも、
失敗した本物の人間のほうが優れている。

汚点、傷跡、性格上の欠点は、
人間と幽霊の距離を広げる。

◆ドナルド・トランプが勝ったのは
欠点のおかげ…

トランプが型破りな話し方をするという事実は、
今まで彼に上司がいなかったことを示すシグナルだ。

彼には、説得したり、
感心させたり、
承認を求めたりする必要のある相手がいなかった。

雇われ期間の長い人間は、
言葉選びにもっと慎重になるはずだ。

◆大企業が家族を持つ人々を優遇する。

なぜか?

ダウンサイド・リスクを抱える人々、
特に巨額の住宅ローンを抱える人々は、
飼い慣らしやすい。

倫理的な選択をするには、
個(友人、家族)と全体とのあいだで
ジレンマを抱えてはいけない。

◆マクドナルドが栄えるのは、
一流の商品を提供しているからではなく、
特定の社会経済的集団や、
その集団内の一握りの人々にとって、
拒否権を行使されることがないからだ。

◆身銭を切るという行為が、
人間の傲慢さを抑制する。

◆身銭を切らないかぎり
進化は起こりえない。

◆官僚制度とは、
人間が自分自身の行動の責任を
取らなくていいようにする
ご都合主義の構造である。

中央集権制度には、
失敗の代償を直接背負わない人々がかならずいる。

だとしたら、いったいどうすればいいのか?

システムを分権化(局所化)するより
ほかに選択肢はない。

失敗の代償を背負わなくてすむ
意思決定者をなるべく少なくするしかない。

◆リスクを負わぬ者、
意思決定にかかわるべからず!

人間は昔から愚かだったが、
世界を破滅させるほどの力は持っていなかった。

今は持っている。

◆結果が予測できない場合には
ダウンサイド(潜在的損失)の大きな行動は
避けるべきだ。

◆私たちがいじくり回し、
試行錯誤、実体験、時の営みによって得る知識は、
つまり地に足を着けることで得る知識は、
純粋な推論を通じて得られる知識よりも、
ずっと優れている。

ご都合主義の教育機関や研究機関は、
この事実を必死に隠しつづけている。

◆知識は地に足の着いたものでなければならない

それどころか、
どんなものも地に足が着いていなければならない。

では、どうすれば実世界との接触を保っていられるのか?

ずぱり、身銭を切ることだ。

つまり、実世界に対してリスクを背負い、
よい結果と悪い結果のどちらに対しても、
その報いを受けるという意味である。

あなたが身に負った切り傷は、
学習や発見の助けになる。

◆「身銭を切る」という意味を、
単なる金銭的なインセンティブの問題と誤解しないでほしい。

金融の世界でよくいう利益の分配の話ではなくて、
むしろ対称性の問題だ。

いわば損害の一部を背負い、
何かがうまくいかなかった場合に相応の
ペナルティを支払うということだ。

◆身銭を切ることは、
公平性、商業的な効率性、リスク管理にとって
必要なだけではない。

この世界を理解するうえで、
欠かせない条件である。

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