人間音痴

人間音痴―なぜか他人の気持ちを逆なでする人への処方箋 by 和田 秀樹

和田 秀樹

1960年大阪生まれ。
東京大学医学部卒。
東京大学附属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在は精神科医、ヒデキ・ワダ・インスティテュート代表。

一橋大学経済学部非常勤講師(医療経済学)も務める…

肩がぶつかっても「すみません」の一言もない人。

そんな「人間音痴」とどう接すればいいのか?

自分が「人間音痴」にならないためにできることは?

目次

序章 なぜか他人の心がわからない「人間音痴」の実態
1章 共感音痴
2章 自分音痴
3章 対人音痴
4章 間合い音痴
5章 立場音痴
6章 ケンカ音痴
7章 異性音痴
8章 子育て音痴
終章 「人間音痴」への精神科医からの処方箋

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MEMO

人間音痴

◆共感力を高めるには、
本音のコミュニケーションをする
トレーニングを積んでおくことも大切だ。

常に自分の本音がどこにあるのかを知っておかないと、
他人の本音も読めなくなる可能性がある。

本音を吐く機会がなく、
いつも建前の話ばかりしていると、
ますます人前で本音が見せられなくなって、
自分の殻に閉じこもりやすくなる。

本音を打ち明けられる相手というのは、
メタ認知のモニターになってくれる。

自分で自分の認知をモニターするのは簡単ではないが、
他人には、その認知が歪んでいるかどうかが比較的見えやすい。

自分では客観的は判断を下しているつもりでも、
他人から見れば「悲観的すぎる」
「楽観的すぎる」ということが少なくない。

◆知識を習慣化するのにもっとも手っ取り早いのは、
人付き合いをする上で守るべき最低限のルールを決めて、
自分自身に課すことである。

「ああしろ、こうしろ」と何から何まで
行動パターンを完璧にコントロールしようとするとキリがない。

しかし、
とくに自分が犯しやすい失敗をいくつかピックアップして、
「これだけはしない」という決め事を作っておけば、
それに従って行動するのはわりと簡単だ。

たとえば、
自慢話をしがちだと思うなら、
「飲み会ではまず人に喋らせて、
いきなり自分の話をしない」
ということでもいい。

◆「相手の立場になって考える」とか
「思考が立場や感情に振り回されないかチェックする」
というノウハウを知っていても、
いざというときにそれを実践するのは難しい。

いざという場面で相手の立場で考えたり、
メタ認知を働かせたりできるのは、
ふだんからそれが習慣になっている人だけだ。

◆もっとも大事な目的は、
誰からも好かれる人間になることではなく、
人と人とのつながりでできている社会の中で、
脱落せずに生きていけるようになることなのである。

人から好かれるのは、
そのための手段の一つにすぎない。

◆人付き合いが苦手が性格を治すのは
そう簡単ではないが、
勉強や仕事は努力すれば何とかなる部分がある。

人間音痴を治すのも大事だが、
それとは別の能力を磨いて有用な人材になることを
目指すのも、一つの道である。

「仕事ができる」ということも、
広い意味で対人関係能力の一つだと言える。

◆人間音痴で、
周囲としばしばトラブルを起こしていたとしても、
仕事の上で並ぶ者がないほど高い能力を持っていれば、
排除されることはない。

つき合いにくい性格でも、
ブラック・ジャックぐらい手術がうまければ、
人は頼りにするのである。

◆メールで文句を言うべからず

会って話をすれば何の問題もないことが、
メールだと妙な誤解を呼んでケンカになることが多い。

これは多くの人が実感していることだと思うが、
メールで自分のことを非難されると、
ちょっとしたことでもキツく感じるものだ。

おそらく書き手が行間に込めたつもりの微妙なニュアンスが、
テキストでは伝わりにくいのだろう。

だからネット上では、
ふうつの手紙では使わない「顔文字」が発達したのではないだろうか。

文末に笑顔や泣き顔を添えることで、
感情を伝えようとするわけだ。

メールが誤解を招きやすいのは、
急いで書いて送信するために、
言葉足らずになることが多いせいもあるだろう。

手紙と違って、
メールの場合は後回しにすると忘れてしまうこともあって、
読んですぐに返事を書くことが多い。

そのため文面が簡潔になりがちだ。

説明不足になるので、
たとえば相手が善意で
「もっとこうしたほうがいいと思います」
と書いたつもりでも、
受け取ったほうは自分のやり方が頭ごしに否定されたように感じてしまう。

そして、
やはりよく考えずに反射的に返事を書くので
内容が感情的になり、
思わぬ大ケンカに発展してしまう。

だから、
受け取ったメールに感情を害するような書かれていても、
急ぎの用件でなければ、
あまり慌てて返事を書かないほうがいい。

放っておいたほうが結果的には
自分のためになることもある。

返事を出すにしても、
1日か2日ぐらい置いて、
じっくり考えてから書いたほうがいい。

喋るより書くほうがメタ認知は働きやすいが、
反射的に書くメールは喋っているのと同じことだ。

しかも相手はその場で「そういう意味?」
と確認することができないから、
誤解が誤解を呼んでトラブルがエスカレートしやすい。

相手の真意をたしかめたいのであれば、
やはり電話や面会のほうがいい。

メールでは悪意が充満しているように感じられても、
電話で話してみるとまったくそんなことはなく、
単に「ちょっと言ってみただけ」だったということも少なくない。

いずれにしろ、
メールは事務的な連絡にはとても都合のいい媒体だが、
込み入った話をするのには向いていない。

少なくとも、
不満、文句、批判など、
相手の自己愛を傷つける恐れのある話は、
メールで伝えるべきではない。

特にコロナ禍で
対面で話すことが難しい今の時期は注意すべきである。

◆「ヤクザの脅かし方」に学ぶ点

自分のほうが圧倒的に立場が上である場合は、
居丈高にケンカを売るよりも、
逆に頭を下げて懐柔したほうが結果的に得をすることが多い。

偉い人が頭を下げると、
ふつうの人が頭を下げるよりも高感度が上がるものだ。

それに、
高い地位の相手から頭を下げられると嬉しいので、
相手の言うことを受け入れやすい。

高い地位に就くと、
「これで人に頭を下げなくて済む」
と思って威張りたがる人が多いが、
これは発想が逆。

偉くなればなるほど、
頭を下げることに価値があると考えるべきだ。

また、
頭を下げるのではなく、
立場の強さを生かして弱い者を屈服させる場合でも、
直接的に攻撃するのは得策ではない。

たとえば、ヤクザの脅かし。

彼らは、
よほどのことがないかぎり、
一般人に暴力を振るったりはしない。

法に触れるようなことをすれば
損をするのは自分たちだと、
よくわかっている。

それでも多くの人が彼らに抵抗できないのは、
「この人たちに逆らうと痛い目に遭わされるに違いない」
と思わせるような雰囲気作りがうまいからだ。

いかにも凶悪そうな風貌で肩をいからせて歩いているだけで、
相手が勝手に気を遣ってくれる。

◆「上司より先に帰れない」本当の理由

自分の意見や本音はなかなか口にできない。

最初から「自分」のない人間はそれでも平気だろうが、
「自分」をしっかり持っている人間にとっては
たいへんな苦痛である。

たとえば会社で、
上司が帰るまでは仕事がなくても残業していなければならない、
という無言の同調圧力が働いていることがある。

その「掟」を無視して先に帰れば、
「一人だけ勝手なことしやがって」と思われ、
職場全体を敵に回すことになってしまう。

本来、
そんな「掟」は誰も守りたくないわけだから、
上司が共通の敵になりそうなものだが、
この手の同調圧力の強い集団ではそうならない。

残業を続けるのは上司からの命令によるものではなく、
「みんな」から「みんな」への命令、
いわば「横の命令」になっているからだ。

そのため、
部下同士で「ひどい上司だよな」と愚痴と言い合って
結束するという形にはならず、
上司に逆らった人間が部下のあいだでも嫌われ、
スケープゴートにされてしまう。

これは、
まさに「建前」が「本音」を打ち負かしている
状態だと言える。

本音ではみんな早く帰りたいはずなのに、
「上司が帰るまでは帰るべからず」という建前の掟が
優先されている。

このように、
「みんな仲良く」を強いる社会というのは、
詰まるところ「建前」で生きることを強いる社会である。

たいだい、
人間には好きな人もいれば嫌いな人もいるわけで、
「みんなと仲良くできる」
と考えること自体が建前にすぎない。

みんなとは仲良くできないからこそ、
私たちは本音と建前を使い分けながら
他人とつき合っていかなければいけないのである。

本音の言える人間関係を取り戻すためには、
まず「同調」と「共感」は違うということを知る。

「同調」は建前の世界であり、
「共感」は本音の世界だ。

◆自分自身の本音がどこにあるのかわからない人、
自分の建前と本音の違いがわからない人も、
他人の心が読めない人間音痴になる。

心の世界に自分がない人間は、
主役である他人(周囲の人々)が「いい」と言うものを
「いい」と思い込む。

自分の好みというものがなく、
価値判断を他人任せにする。

だから彼らは世間で評判になっているものに
みんなで飛びつき、
ヒットを巨大化させる。

さらに、
価値基準は「みんなが好きだと言っている」
かどうかだけだから、
昨日と今日でまったく違うジャンルの音楽を聴いていても
本人は違和感を抱かない。

◆「本音のコミュニケーション」が共感能力を育てる

他人との共感能力を身につけるには、
ふだんから本音のコミュニケーションを心がけることが大事だ。

最近は家族や友人とのあいだでも
建前の会話しか交わさない人が多い。

すると当然、
相手の本音を読む力も衰えていく。

とくに子供の共感能力を育てようと思ったら、
親と本音のコミュニケーションを交わすことが不可欠だ。

子供の本音を抑えつけるべきではない。

もし子供が他人をバカにするようなことを言ったら、
「そりゃあママだって、
あなたのほうが賢いと思うけど、
そんなこと人前で言うと嫌われるから気をつけなさい」
ぐらいの注意にとどめておけばいい。

子供の本音を認めた上で、
世の中では本音と建前を
使い分けなければいけないことを教えるのだ。

そうすれば子供は、
他人も建前の裏側に本音を隠していることがわかる。

◆「場」を読むトレーニングは商売にも必要

「場」を読むトレーニングが求められるのは、
個人の日常生活だけではない。

「場」を読むとは、
つまり人々の「ニーズ」をつかむというころだから、
客相手の商売にも必要だ。

客のニーズをつかめず、
独りよがりの商品やサービスを提供していては
ビジネスにならないのだから、
ある意味ではそちらのほうが切実な問題だ。

◆自慢話はなぜ鬱陶しいのか

建前と本音を使い分けるのは、
本音をそのまま出してしまうと、
人間関係にヒビが入るなどして自分が損をするからだ。

だから「面従腹背(めんじゅうふくはい)※」で本音を隠す。

建前の裏にある本音を読み取ってくれないのが、
人間音痴のひとつのパターンだ。

たとえば、いつも自慢話ばかりする人。

人間には「自分が可愛い」という気持ちがあるから、
自尊心やプライドを満たすために、
自分の実績や長所をひけらかしたくなる。

表面で「すごいですね」と感心してみせながら、
実は「もう、そんな話は聞きたくない」と思っているときに、
その本音を読み取ってくだない相手の「共感力のなさ」にウンザリさせられる。

その場の空気を読めず、
誰も聞きたがっていない話を得々とし続けている、
相手の鈍感さにあきれてしまう。

※表面だけは服従するように見せかけて、内心では反対すること。

◆「人間音痴」8つのタイプ

  1. 共感音痴:他人の心が読めない、他人の気持ちを逆なでする人たち
  2. 自分音痴:自分で自分の望んでいることがわからない人たち
  3. 対人音痴:他人が怖い、他人と情的接触ができない人たち
  4. 間合い音痴:他人に対して「好き」か「嫌い」の両極端しかない人たち
  5. 立場音痴:自分を客観視できずに「裸の王様」になっていまう人たち
  6. ケンカ音痴:ケンカの仕方を知らない人たち
  7. 異性音痴:異性と長くつき合えない、結婚したくてもできない人たち
  8. 子育て音痴:子供の心が読めない、うまく育てられない人たち

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