若い読者のための哲学史

若い読者のための哲学史 (Yale University Press Little Histor) by ナイジェル・ウォーバートン

ナイジェル・ウォーバートン

イギリスの哲学者。フリーの哲学者で、毎週哲学に関するポッドキャストを配信し、統合的な哲学のウェブサイトも運営する他、英国立近現代美術館「テート・モダン」で、現代の芸術と哲学に関する人気のコースを教える。

ソクラテスやプラトン、アリストテレスから、現代の哲学者ピーター・シンガーまで、平易な文章でわかりやすく、バックグラウンドについても触れながら、西洋哲学史における偉大な思想家たちの、世界と、最良の生き方についての主要なアイデアを案内する。

目次

Chapter 1 質問し続けた男(ソクラテス、プラトン)
Chapter 2 真の幸福(アリストテレス)
Chapter 3 わたしたちは何も知らない(ビュロン)
Chapter 4 エピクロスの園(エピクロス)
Chapter 5 気にしないことを学ぶ(エピクテトス、キクロ、セネカ)
Chapter 6 わたしたちを操るのは誰か(アウグスティヌス)
………

若い読者のための哲学史

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MEMO

若い読者のための哲学史

◆それでは、
セネカは、
私たちがどのように
時間を使うべきだと考えたのだろうか。

ストア哲学では、
世捨て人のように他者から
離れて暮らすのが理想とされた。

もっとも有意義に生きるには、
哲学を学ぶべきだと鋭い指摘をした。

それこそが
真の生き方だというのである。

◆十分に生きれば、
年老いたときに過去を恐れる必要がない。

時を無駄に過ごせば、
自分がどのような人生を送ってきたかを
振り返って考えたいとは思わないだろう。

取り逃がしたチャンスに
思いを馳せるのはあまりにつらい。

多くの人たちが
つまらない仕事に没頭するのはそのせいだ、
とセネカは考えた。

成し遂げられなかったことを認めるのを
避けられるからだ。

そこで、
集団から距離を置くこと、
忙しさにかまけて
自分自身から目をそむけないことを勧めた。

◆年をとってから気がついても遅すぎると、
とセネカは考えた。

白髪や皺は、
多くの時間を価値あることに使った証拠にはならない。

一方、
そうであるかのように勘違いして振る舞う人もいる。

だが、
航海に出ても、
暴風によってこっちへあっちへと翻弄されれば、
船旅に出たとは言えず、
波にもまれているにすぎない。

人生にとっても同じだ。

コントロールを失い、
意味と価値のある経験をする時間を見つけることなく、
日々の出来事をやり過ごしていくのは、
真に生きることとは違うのだ。

◆一方、
セネカの考え方は違う。

セネカにとって、
問題は人生がいかに短いかではなく、
私たちのほとんどが与えられた時間を
うまく使っていな
いことだった。

つまり、
ここでも避けられないことについて、
どう考えるかが重要になる。

人生が短いと腹を立てるのではなく、
短い人生を最大限に活用
すべきなのだ。

たとえ、
1000年生きられたとしても、
いまと同じように人生を無駄にする人もいるだろう。

それでいて、
人生は短すぎると不満を漏らすに決まっている。

だが、
正しい選択をすれば、
すなわち、
無駄なことをして浪費しなければ、
人生は多くを成し遂げるのに
十分なほど長い

それなのに、
私たちは金銭を追い求めるのに
多大な労力を費やして

ほかのことをする時間がなかったり、
自由になる時間は酒やセックスに溺れたりする。

◆人生が長すぎると文句を言う人はあまりいない。

短すぎると言う人がほとんどだ。

やるべきことが多すぎて
時間が足りないのである。

古代ギリシャのヒポクラテスは
人生は短く芸術は長い
と述べている。

私たちは死が近づけば、
本当に成し遂げたかったことができるよう、
あと数年、
長く生きたいと望む。

だが、
たいがいは遅すぎて、
成し得なかったことを思い、
悲しくなる。

自然はそういう意味で残酷だ。

ようやく何がしたいかがわかったときに、
私たちは死んでいく
のだ。

◆キケロは哲学者であるだけでなく、
弁護士であり、政治家だったので
多忙を極めたようである。

著作「老年について」のなかで、
年をとることに伴う
4つのおもな問題点を明らかにしている。

  • 働くのがつらくなる
  • 身体が衰える
  • 肉体的快楽がなくなる
  • 死が近づく

一方、
老いは避けられないが、
それにどう反応するかは
選ぶことができる
と主張した。

老年期の衰えが
耐え難きものにするとは限らない。

まず、
年をとれば経験のおかげで労力をあまり必要としないことも多く、
仕事を効率的に終えられる

また、
身体や精神は、
鍛えさえすれば劇的に衰えることもない

肉体的快楽をあまり得られなくなっても、
友人や会話により多くの時間を費やせばいい。

友人や会話は、
満足感を与えてくれるものだ。

最後に、
魂は永遠に生き続けるので、
死は恐れるべきではない。

年をとるという自然の変化を受け入れ、
その変化を悲観しなくてもいい
と理解するというのが
キケロの考え方だった。

◆キケロとセネカは、
人生は短く老いは避けられない
というテーマにとくに関心を持った。

老化を自然な変化として受け入れ、
変えられないことは変えようとしなかった。

しかし、
同時にこの世での短い時を
最大限に生きるべき
だと信じた。

◆アリストテレスは
いかに生きるべきか」を問続けた。

ソクラテスもプラトンも
同じ問いをしている。

アリストテレスの答えは、
簡単に言えば
幸福を求めること」である。

最善の生き方とは
楽しみを求めることではないと信じた。

楽しいだけでは良い人生とは言えないと考え、
「エウダイモニア」というギリシャ語を用いている。

エウダイモニアは、
「幸福」よりも「繁栄」や「成功
などと翻訳される言葉だ。

花について考えてみよう。

水を与え、
十分な光を当てて肥料を少しやれば、
植物は育ち、花を咲かせる。

世話をせずに日陰に置いたまま、
葉が虫に食われるのにまかせて水をやらなければ、
枯れるか、少なくとも美しくはなくなる。

人間も植物のように成長するが、
植物とは異なり、
選択ができる。

何をしたいか、
どうありたいかを自分で決める
ことができる。

アリストテレスは、
人間には果たすべき「機能」があり、
もっとふさわしい生き方があると考えた。

人間が動物などと異なるのは、
何をなずべきかを考え、
議論できることだ。

よって、
人間にとってもっとも良いのは
理性の力を使って生きることだ、
と結論づけた。

つまり、
幸福とは、
人生で何を成し遂げたかであり、
大切な人の身に起こることにも影響される。

私たちがコントロールできないこと、
知るうるはずがないことにも左右さえる。

中心となる問は、
「エウダイモニアに到達する可能性を高めるには
何をすればよいか」だ。

アリストテレスの答えは
徳性を養う」ことだった。

◆ソクラテスは、
哲学者にしては珍しく、
どんなことも書き留めるのを嫌った。

話すほうが書くよりもはるかにいいと考えた。

書いた言葉は問に答えることができない。

読んだ者が理解できないときに、
何も説明ができない。

面と向かって話すほうがずっといい、
とソクラテスは主張した。

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