Self 1: 嫌われる勇気(アドラーの教え)

嫌われる勇気(アドラーの教え)

本書は哲学者の岸見一郎さんと、フリーランスライターの古賀史健さんの共著です。哲人と青年の対話形式の物語になっています。欧米で絶大な支持を得ているアドラー心理学は、「どうすれば人は幸せに生きることができるか」という哲学的な問いに、きわめてシンプルかつ具体的に答えています。

幸せになるということは、他人から「嫌われる勇気」を持つということです。八方美人のように皆んなから好かれようと思うと不幸になります。たとえば、10人の人がいるとしたら、そのうち1人はどんなことがあってもあなたを批判します。

あなたを嫌ってくるし、こちらもその人のことを好きになれません。そして10人のうち2人は、互いにすべてを受け入れ合える親友になれます。残りの7人は、どちらでもない人々です。このとき、あなたを嫌う1人に注目するのか。

それともあなたのことが大好きな2人にフォーカスをあてるのか。あるいは、その他大勢である7人に注目するのか。人生の調和を欠いた人は、嫌いな1人だけを見て「世界」を判断してしまうのです。

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人は主観的な世界に生きている

人は誰しも、客観的な世界に住んでいるのではなく、自らが意味づけをほどこした主観的な世界に住んでいる。井戸水の水は年間を通してほぼ18度で一定している。しかし、夏に飲むと井戸水は冷たく感じるし、冬に飲むと暖かく感じる。温度計は常に18度を保っているのに、夏と冬では感じ方が違う。

あなたにとって、井戸水の冷たさも暖かさも、動かしがたい事実である。主観的な世界に住んでいるとは、そういうことである。私たちは「どう見ているか」という主観がすべてであり、自分の主観から逃れることはできない。

あなたの目には世界が複雑怪奇で混沌として映っている。しかし、あなた自身が変われば、世界はシンプルな姿を取り戻す。問題は世界がどうであるかではなく、あなたがどうであるか、なのだ。人は変われるのみならず、幸福になることもできる。

なぜ「人は変われる」のか

過去の原因ばかりに目を向け、原因だけで物事を説明しようとすると、「決定論(原因論)」に行き着く。我々の現在、そして未来は、すべてが過去の出来事によって決定済みであり、動かしがたいものであると…でも、過去など関係ない。アドラー心理学では、過去の「原因」ではなく、いまの「目的」を考える。

たとえば、引きこもりは、「不安だから、外に出られない」のではなく、順番は逆で「外に出たくないから、不安という感情を作り出している」と考える。これを「目的論」と呼ぶ。いかなる経験も、それ自体では成功の原因でも失敗の原因でもない。

過去に支配されない生き方

過去にどんな出来事があったとしても、そこにどんな意味づけをほどこすかによって、現在のあり方が決まってくる。過去がすべてを決定し、過去が変えられないのであれば、今日を生きる我々は人生になんら有効な手立てを打てなくなる。人間が変われる存在だとするなら、原因論に基づく価値観などありえず、おのずと目的論に立脚せざるをえない。

続く…

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